第44話 断頭
ザクロの手に持つ短剣と、俺の手に握られる短剣が打ち据えられれば、耳を塞ぎたくなるほどの金属音があたりに轟き、思わずといった様子でモアラが目を瞑る。
おそらくはモアラが放った麻痺毒が効いているのだろうか、ザクロの動きには先ほどのような俊敏性はない。
それでも、彼は驚くべき程の速度で俺へと肉薄し、その凶刃を容赦なく振るってくる。
「強いなッ、おい!」
俺だって負けてはない。いや、それどころか負ける気配はない。ただ――俺は、以前見た時とは別人のようなザクロの強さに、驚きを隠しきれなかった。
38層でアダマントグレムリンが窮地に陥っていた時は、間違いなく彼の実力は一級には届かないレベルのものだった。
だというのに、今はどうだ? スキル無しとはいえ、あの冒険者の中でも上澄みの実力を誇る『迫撃王』を下した俺の身体能力に、こいつは迫る勢いで攻撃を仕掛けてきているではないか。
明らかに異常だ。血の涙を流すあの顔といい、体に空いた大穴といい、その大穴の中の黒い靄と魂といい、間違いなく彼は何らかの存在に操られている。
だから、俺は――俺は、その操作から彼を解放したい。
「ザクロォ! お前はそんなことをしたかったのかよ!」
「ああああああああ!!」
既に、いや最初から彼は俺たちの話なんて聞いていない。自分勝手に、自由気ままに、コーサーの街並みを足場に破壊しながら飛び回る彼は、次なる一撃を虎視眈々と狙っている。
恐ろしいほどの速度だ。不意打ちであったとはいえ、俺の〈重傷止まり〉を発動させたのは、172層の魔物たちと悪魔二人だけ。そして今、それらに並ぶ脅威としてザクロは俺の前に立っているのだから――
「――ただ、足りねぇよ」
『スキル〈重傷止まり〉が発動しました』
しかし、速度だけで首を取ることを許すほど、俺だって甘くない。
向かい来るザクロの一撃に対して、カウンターで短剣の切っ先と突きつける。彼の攻撃は〈重傷止まり〉が無効化(重傷にはなってしまうが)し、俺は一方的に攻撃を通した。
これが、バラムとの戦いで俺が身に着けた、身を切らせて骨を断つ戦い方だ。
「うわああああ!!」
「体を傷付けたところで意味はなさそうだが――なんだ、ありゃ……」
短剣の鋭利な切れ味が、武器を持った右腕を半ばから切断した。とはいえ、あの大穴を見る限りザクロは屍。それを何かのスキルで無理矢理動かしているのだろうから、右腕を断ったのにも武器を使えなくした以上の意味があるとは思えない。
しかし――どうやら、俺のその予想は違ったらしい。
彼の腕から漏れ出る黒い靄。それは、魂と思しき物体を縛り付けていたそれであり、風船から空気が漏れるように、それらは空気中へと右腕の傷口から霧散していった。
「ぁ……がっ……あぁ!!」
苦しそうにもがくザクロ。彼のその行動から、致命傷に至らずとも、それに近い結果を得ることができたのだと俺は知る。
そして――
「は、ははっ、また……また、あったな……ルードさん、よ……」
黒い血の涙を流していたその表情から、狂気が僅かに消えた。
「しょ、正気を取り戻したのか!?」
「違うな……辛うじて、だが……あんたが、俺の、体から……奴を出したおかげで……なんとか、ぎりぎり、戻ってこれたってだけだ。今に、またあの霧が……戻ってきやがる……」
「や、奴? おい、奴っていったい誰だよ!」
「この王都を乗っ取って……俺たちを殺した奴だよ……!」
息も絶え絶えのザクロは、おそらくは僅かしかない猶予時間を使って、俺たちに自分たちの身に何が起きたのかを話してくれる。
「王都の緊急招集、に、答えて……俺たちは13層から……急いで地上に上がった……そしたら、ダンジョンの前に……奴はいたんだ……そして、殺された……俺たちと一緒に居たパーティ全員諸共……為す術なんて、なかった……」
敵の数は一人。恐るべき力を持ったそいつは、瞬く間に、抵抗も逃走も許さず、30人近い冒険者を皆殺しにしたのだという。
「……なあ、ルード」
「なんだよ、ザクロ」
「二つ――二つだけ……俺からの願いだ」
そう言った彼は、膝を地面について、まるで首を差し出すように下を向いた。
「まず一つ。俺を殺せ。俺は、死んだ人間だ。多分、首さえ断てば、もう動くことはないだろう。首が無くなったライムたちは、蘇らなかったから」
「……っ」
「んでもって……二つ。俺の――ライムたちの、仇を取ってくれ。俺たちには、無理だったが……お前なら、できるはずだ。この低国ヴィネを攻略した、お前なら……!!」
それは随分と身勝手な願いだ。自分を殺して、すべてを背負えと俺に言ってきているのだから。
なんとも――なんとも、ひどい話だ。
「早くしろ! 奴が――あの黒い霧が俺に戻ってきたら、俺はまた正気をなくす! その前に……俺を、殺せェ!!」
ああ、くそ。
俺に選択肢なんてねぇじゃねぇか。
こいつがザクロであるためには、ここでザクロであるうちに殺さなきゃならねぇじゃねぇか。
なんで、俺なんだよ。
確かに俺には力がある。ダンジョンボスを殺せるほどの力がある。
だけど、俺は、人を殺したことなんて――
「覚悟を決めろルード!」
「……恨むなよ」
「いいや、感謝するさ」
俺は、差し出された首を切った。
ありがとう、なんて都合のいい言葉は聞こえなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます