第43話 裏切り者


――数か月前。


「やっぱりさ、ザクロさんってなんで僕たちのパーティに入ってくれたのか不思議でしょうがないんだよね。そこんとこどうなんです?」

「おいライム。敬語にするなって言ってんだろ。そんなんだから、お前はリーダーとしての威厳が保てねぇんだよ」

「うぅ……気にしてるところを……」

「ただでさえ童顔で背が低いんだから、もう少し偉そうに胸を張らなきゃ、モモとかアケビの妹だと思われるぞ」

「妹!? 僕男なんだけど! 寄りにもよって妹はないでしょ!」


 王都コーサーより程なく離れた荒野。とある依頼によって、低国ヴィネの攻略をいったん中止して、別の街へと駆り出されたその帰り。


 ほか四人のパーティメンバーが寝静まる夜に、見張りを買って出たライムとザクロは、夜食に夕食の残り物のスープを温めながら、そんな会話をしていた。


 いつも通り。それは、彼らの日常を絵にかいたような会話だ。


 才能はあるものの、冒険者としてはまだまだ未熟なライムと、そのサポートするために派遣されたザクロ。


 師弟のようにも、友人のようにも――あるいは、兄弟のようにも見える彼らだが、実際は半年程度の付き合いでしかない。


 それでも、端から見た彼らの関係は、赤の他人というには仲が良すぎだ。それもこれも、ライムが自分がまだまだ未熟であることを認め、そしてザクロという年長者から学びを得ようとする姿勢のおかげだろう。


「それで、ザクロさんってなんで僕たちのパーティに入ってくれたのさ」


 ライムの油断を理由に煙に巻こうとしていた話題。しかし、ライムは自分がだした問を改めてザクロへと向けた。それほどまでに、気になるとでも言うのだろうか。


「……まあ、そうだな。別段特別な理由なんて何もないさ。ちょうどよく暇になったところに、ちょうどよくギルドからお達しがあった。何分とソロでやらしてもらってる身だからな。元々は三級だったとはいえ、二級にもなれば給料だって十分だ。それだけだよ」

「それだけ、なんだ」

「ああ、それだけだ」


 嘘ではない。実際、彼はギルドからアダマントグレムリンのお目付け役の依頼を持ち掛けられたとき、どこのパーティにも所属していなかった。


 なぜなら、彼の居たパーティは彼を残して全滅していたから。


 低国ヴィネの13層にまだ安全地帯が築かれていない時期。13層に挑戦したザクロのパーティーは、彼一人を残して全滅した。一人を残して、一人残らず、死んだのだ。


 その傷心から立ち直った彼に、ギルドはアダマントグレムリンのお目付け役を頼んだのだ。


 そして、ザクロはそれを受けた。仲間を失った悲しみを埋めることはできずとも、自分と同じ思いはさせないことができるかもしれないと。


 そう思っていた。ただ――彼は、自分が思っていたよりも、アダマントグレムリンという居場所に、安らいでいたようだ。


 弟分とも呼べるライムをはじめとした、新人冒険者。若手ながらも有力な彼らは、自分が何かをせずとも前へ前へと進んでいく。


 ただ、若さゆえに危なっかしい彼らの手綱を時折引いてあげればいい。いざとなった時に、経験者としての知恵を貸してあげればいい。気構えず、気負わず、彼らの成長を眺めている。


 老人というにはまだまだ早いザクロだったが、彼らの成長を後ろから眺めているだけで、彼の心は――かつて仲間を失ってできた傷は、次第に癒されていた。


「それじゃあさ、ザクロさん」

「なんだよライム」

「見守り期間、でしたっけ? 僕たちのパーティーに依頼でいる奴。あと半年もすれば、それも終わっちゃうけど……終わったら、また僕たちのパーティーに、今度は正式に入ってほしい」

「おいおい。こんなおじさん捕まえて勧誘かよ。……いいぜ、お前らが一人前に成れたらな」

「なるよ。きっと。なんたって、ザクロさんが、そしてギルド長が実力は十分と認めてくれた、新進気鋭の冒険者パーティーなんだから」


 アダマントグレムリンの指導役として、パーティーにザクロが在籍する契約は一年で終わる。あと半年。それが終われば、ザクロはパーティーから去る。


 だけど、ライムは――アダマントグレムリンのメンバーたちは、ザクロを真の仲間として、改めてアダマントグレムリンに迎えようと言うのだ。


 それだけ、彼らはザクロに惚れこんでいた。


 だから、だから――


「んじゃ、これからもよろしくな」

「ああ、よろしくザクロさん」


 それが数か月前の出来事。


 数か月後、突如として王都コーサーを進行してきた悪魔プルソンによって、ザクロ一人すら残らず殺される前の出来事だ。


 彼は失ってしまったのだ。


 自分だけが、悪魔の操り人形として蘇ったことで、また一人だけ生き残ってしまったのだ。

 蘇った彼が、生きているとも言い難い彼が、生き残ったというのもおかしな話だが、それでも変えようのない事実が彼の心に影を差す。


 ああ、そうだ。


 アダマントグレムリンは、彼一人を残して蘇ることすらなく死んでしまったのだから。

 

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