第42話 魂


 一瞬にして四人の人間の首が飛んだ。

 俺に付き従ってくれた、一級冒険者たちの首が。


 世界でも有数の実力者たちが。成す術なく死んでいった。


 驚きはない。ここはそういう場所であることを、俺は王都に侵入して早々に起きた悲劇によって知っていたから。


 それよりも、俺が問いたいのは――


「何やってんだよザクロォッ!!」


 なぜ、ザクロがそんなことをしたのか、であった。


 二級パーティに務めていた彼は、かつて38層で出会った知った顔だ。もちろん、友人というには短すぎる付き合いではあるが――俺の正体を見抜き、その上で俺という存在がどのような危険を孕んでいるかもわかっているだろうに、それでも声をかけてその正体を確かめようとした勇気ある人間であったことを、俺は知っている。


 その勇気が、自らが預かったアダマントグレムリン――ひいては、コーサーの冒険者ギルドのためであることも、疑うまでもないことだった。


 そんな彼が、裏切り者だと? いや、俺は彼のすべてを知っているわけではない。だから、もしそんな本性があったとしても、不思議なことではない。でも――



「みぃーんな、死んじまったんだ。ビワも、モモも、アケビも、ライムも――みんな、みんな、みぃーんな、な?」


 並べられた名前は、すべてアダマントグレムリンに所属していた冒険者たちの名だ。彼が預かった、未来ある若者たちの名だ。


 それが死んだ? 殺した、ではなく死んだ。

 そう語るザクロの眼には、血ともわからない真っ黒な涙が流れている。


 その表情は虚ろで空ろ。空っぽになってしまった箱の中に、無理矢理何かを詰め込んだような――詰め込まれたような、歪みを俺は感じ取った。


「死んだって……なんで死んだんだよ!」


 会話ができる。言葉を発した彼に、無謀にも俺は言葉を使って会話を試みた。例えザクロが一級冒険者を四人も瞬殺した危険人物だったのだとしても、戦わないならそれでいい――


「死んだんだよ! 俺たちは、為す術もなく……あいつに、あの男に殺された……!!」

「俺たち……?」

「はっ、ははっ……、ああ、いいなぁ。お前は。まだ守りたいものがあるんだろう? まだ失いたくないものがあるんだろう?」

「おい、死んだってどういうことだよ! というか、今の言い方じゃ……」

「なんでお前は生きてるんだよ! お前は、お前は生き返ったのに…………どうして、あいつらは……あいつらは生き返んねぇんだ!!」


 歪んだ表情に浮かべられう黒い錯乱。彼は言葉を発するだけで、その実、正気を保っているわけではないと心の底から理解させられた。


 渦巻く感情は怒りの相似形。向けられる視線は地獄の底へといざない魔の手のようで、泥のような殺気を俺たちへとまとわりつかせてくる。


「俺は……俺はぁああああ!! ――あ?」


 さっきを振りまき雄たけびを上げるザクロだったが、彼の元に一筋の――一本の矢が届いた。


「ルード様! 隙を作りましたわ! あれは麻痺毒が塗られております、さあ今のうちに逃げますわよ!」


 その一矢を放ったのは、他でもないモアラだった。彼女はその手に持ったクロスボウから放たれたボルトを、見事ザクロへと命中させたのである。


 彼女が言う通りならば、あれには即効性の麻痺毒が塗られており、しばらくは動けないのだという。


 ただ――


「いや、まて。……まってくれ」

「こんな時に、悠長にしている時間がありますの!?」

「違う……あれを……お前が放った矢を、見てくれ」


 麻痺毒が塗られたその矢が穿ったのは、ザクロの右肩であった。そして、その右肩から――ボルトによって、どういうわけか彼の肌着が破れ、その胸元が露になった。


 いや、ザクロは男であり、そしてこの状況で胸元が見えたことに興奮を覚えたわけではない。ただ――


「あの穴は――穴から出てるのは、なんだ?」


 ザクロの胸には、巨大な穴が開いていた。半年前、バラムの一撃によって心臓を穿たれたコルウェットの胸に空いた穴よりも、さらに大きな穴が。


 それは、上は鎖骨にまで、下はへその数センチ上にまで届くだろう大穴であり、心臓どころか肺腑や消化器系のすべてが消失した正真正銘の致命傷である。 


 それどころか、肋骨も背骨も見当たらない。ドーナッツに空いた穴のように、空虚な空白。


 しかして、そこには何もないわけじゃない。


 ぽっかりと空いたその穴の中心に、まるで心臓のように蠢き続ける塊が一つ。魂のように浮かぶそれは、穴の外縁部――体から伸びる黒い霧のようなものに拘束されて、蠢き続けていた。


 そして、俺は――


「……あれは、魂、か?」


 魂。


 人間が死んだとき、肉体を離れる人間の本質と言われるもの。あまりにもオカルティズムなそれは、スキルや魔法が発展した現代においても、些か非常識な分類に入る話題だ。


 無論、その存在が信じられていないわけではない。しかし、それの存在を立証することもできていない。そんな代物。


 概念だけが宙ぶらりんの状態で、在るとだけされている代物なのだ。


 しかし、かつてヴィネは言っていた。


『生前の行いが、魂に乗って生まれ変わった時に、天賦スキルとして現れるのだ』


 魂という概念を知っていた俺は、そういうモノなのだとなんとなくで理解していたが――改めて思い返してみれば、それは彼女たちが魂の存在を確信している発言にほからない。


 百智の称号を持った彼女が、そう語ったのだから、本当にそれは存在しているのだろうと、俺は信用できてしまっている。


 だから、だからこそ――


「悪い、モアラ。俺はあいつを見捨てられねぇ」

「見捨てられないって……どういう意味ですの?」

「おそらく、あいつの胸に空いた大穴の中心にあるやつがザクロの魂だ。んで、その周囲にあるやつが……呪いか魔法かはわからねぇが、その魂を縛ってるんだと思う」

「魂って……そんな非現実的なものを信じているのですか」

「いや、俺が信じてるのは友人の言葉だよ。そいつが昔、魂はあるって言ってたから――見ろよ、あれ。あの中心のが魂だとしてよ、あれが操られてないって言えるかよ」


 青白く揺らめく魂。それを縛り付ける黒いもや。どうみても、それは魂を拘束する楔にしか見えない。


 だから俺は――


「多分、あいつは操られてる。死んだってのに、死んだ後も好き勝手に操られてる。俺は……それが許せねぇんだ」

「――わかりました。わたくしが足手まといであることは十分に承知しておりますが、その願いを聞き入れましょう。何分、ここまで連れてきてもらったのも、私のわがままが始まりですし――彼らが死んでしまったのも、私のわがままのせいですから」


 そう言ってモアラは、地面に転がった四人の冒険者たちを見た。いや、少なくとも彼らが死んでしまったのはモアラの責任ではないはずだが――いや、今やそんな慰めに価値はないか。


「安心しろ、モアラ。お前の目的は達成してやるし、こいつらの仇も取ってやる。そのついで、ザクロの奴も助けてやるだけだ。もちろん、お前を守りながら、な」


 それに、これは勘だけど。


 ここで逃げてはいけない気がするんだ。

 これが、謎の天賦スキルたちの影響なのか、更に謎の『簒奪者』なるジョブの影響なのかはわからない。


 でも――きっと、ここで戦うことには意味がある。


「あ、ああああ、死ね、死ね、死ねぇええええ!!!」

「今すぐその楔を解いてやるよ、ザクロ!!」


 吠えるザクロに対して、俺は短剣を構えた。

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