第41話 裏切り者?


『アダマントグレムリン』

 コーサーを拠点とする二級パーティ。


 俺の知る情報はこれだけだ。かつて、38層で彼らの窮地を助け、いつかこの借りを返すと約束したパーティだった。


 そして、俺たちの目の前に現れたザクロという男も、そんなアダマントグレムリンの一員。

 彼はギルドから派遣されたベテランの冒険者らしく、有望な新人であるアダマントグレムリンをダンジョンという危険地帯で、死なせないための指導役であった。


 そんな彼が、なぜここにいるのか。


 疑問を覚えないわけではない。未曾有の異変が襲い掛かった王都に、二級のアダマントグレムリンに緊急招集の令が掛かっていないとも思えないため、彼がここにいること自体は不思議なことではない。ないのだが――しかし、そうなると彼が一人でいる理由がわからない。


 いや、わかるはずだ。先ほどのカンタワイラがそうであったように、アダマントグレムリンは――


「おい、そこのあんた! 俺たちは王都の外から来た冒険者だ!」


 部隊の冒険者の一人が、前方のザクロへと声をかける。


「……っ!」


 俺は、彼の起こした行動を責めることはできない。なぜならば、相手がそれなりの実力者であろうと、ダンジョンに並ぶ危険地帯となった王都に居ては危険であるため、その安否を確認する必要があるからだ。


 声をかけることで自分たちの存在をアピールし、彼を保護するものであることを教える。


 至極真っ当な行為だ。


 しかし、俺はこの瞬間、ふと頭の中にあるものが過った。


 あの時、あの瞬間を。

 172層でどうしようもない敵と出会った時の記憶が、過ったのだ。


「おい、モア――」


『スキル〈重傷止まり〉が発動しました』

『スキル〈重傷止まり〉が発動しました』


 二度のアナウンスが俺の頭に響く。それは、俺が死んだ証拠。何百、何千、果てには何万とも聞いてきた、重傷で留まった報せ。


「おい、お前ら無事か!!」


 突如の攻撃に困惑する思考回路。それを無理矢理正して、俺は部隊の冒険者の安否を確かめた。

 

 しかし、返って来た声は――


「な、何が起きたのですわ!」


 過った予感のままに、かばうように抱きかかえたモアラの声だけだった。


 十字陣形の前に居た冒険者も、横に居た冒険者も、後ろに居た冒険者も、全員が死んでいたのだ。


 そして、こと切れてしまった彼らを辿る様に視線を動かせば、それを成した下手人の姿にたどり着く。


「何やってんだよ、ザクロォ!!」


 それはザクロだった。

 先ほどまで前方に居たはずなのに、眼にもとまらぬ速さで俺たちの間を駆け抜け、いつの間にか背後に立っていたその男によって、俺たちの部隊は、壊滅した。


「ああ、くそっ! なんで……チィ!!」


 どうにもならない状況に怒りにも似た感情が渦巻き、しかして油断することもできないこの状況に、舌打ちをした。


 そして改めて、俺はモアラをかばいつつ、短剣を構えた。


「何のつもりだよ!」


 その問いに対して、ザクロは――


「死んだんだよ」


 ザクロは、真っ黒に染まった瞳を俺に向けた。


「みぃーんな、死んじまったんだ。ビワも、モモも、アケビも、ライムも――みんな、みんな、みぃーんな、な?」


 真っ黒な血の涙が浮かんだその顔は、とても正気とは思えなかった。



 ◇◆



 ルードがザクロに襲われたのと同時刻。他の部隊の前にも、魔物とは違う敵が現れていた。


「あねごぉ……なんで、俺たちを見捨ててどっか行っちまったんだよぉ……」

「これは、悪趣味極まりないですね」


 こちらはチーム・ナズベリー。生存者を救出することを目的とした部隊である。


 そんな彼女たちの前に現れたのは、あろうことか――ナズベリーが率いていた一級パーティの『ゴールドラッシュ』のメンバーであった。


「ラグ、ドンドリア、サナグラ、テレシーシャ、ユナルテ、トトロット――まさか、私の危惧していたことが現実になるとは。それも、こうも最悪の形で」


 ナズベリーが危惧していたこと。それは、彼女がルードとコルウェットの旅路に同行する理由にもなった、人間に化ける魔物のことだ。


 ナズベリーたちに刃を向ける彼らは、たった半年の付き合いとはいえ、王都を異変に巻き込むような裏切り者ではないことを、ナズベリーはよく知っていた。


 となると、彼らは操られているか、もしくは――彼らこそが、ナズベリーが語った魔物であるか、だ。


 そして――



 ◇◆



「チッ、適材適所ってやつかしら?」


 それらは、コルウェットの前にさらに最悪の形で登場していた。

 ルード、ナズベリーの前には、彼らの知る人間が現れていた。しかし、コルウェットの前にはさらに大規模の――冒険者だけではなく、一見すればコーサーの民間人にしか見えないような敵すらも混じっていたのだ。


「コルウェットさん! こ、これはどうすれば……!」

「無暗に攻撃しないで! こちらを攻撃してきた奴を中心に攻撃を……」


 あの民間人のどれだけが、操られている人間か。それとも、人間の姿をした魔物か。どちらにせよ、あの中には明確にこちらに敵意を向けていないものもいる。


 そんな人間たちが、コーサーの大通りに数百人規模でひしめき合っているのだ。


 これを蹴散らして進むことも彼女たちはできるが――もし、ここに本物の民間人が混ざりこんでいたとしたら、問題になる。


 いや、こういった不測の事態で間違えて殺めてしまったとしても、罪に問われることはない。ないが――


「……ああ、もう! 大規模な殲滅魔法は使わない様に! 最低限の犠牲で前に進むわよ!」


 半年前とはコルウェットは違う。


 172層での経験を経て、彼女は人間の命の重さを知った。それが、どれほど軽く失われてしまうのかも。


 だからこそ、軽々に失ってはならないものだと、奪ってはならないものだと、思ったのだ。


 ただ、彼女は知らない。



 ◇◆



「お、おい、ブルドラさん! 敵はあっちだ! そ、それは洒落になって――」


 一人の男がに、異変が起きていたことを。


 今、二つの部隊が壊滅したことを。彼女たちは知らない。

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