第40話 兜の緒を締めよ


 伸ばされた手。それは助けを求めるためのもの。自分一人じゃどうしようもない状況に陥った人間が伸ばす、最後の希望をつかみ取らんとする、一縷の望み。


「カンタワイラ……!!」


 一級冒険者カンタワイラの体が、上から潰れていく。俺たちに襲い掛かった異変に、日ごろの特訓の成果が遺憾なく発揮されて、無意識的に肉体強化のスイッチが入った。


 それによって緩やかになっていく世界の速度の中で、俺は――


「……チィ!!」


 ゆっくりと、俺に手を伸ばし、助けを求めたままカンタワイラが死んでいくその瞬間を、ただひたすらに眺めることしかできなかった。


「戦闘態勢!」


 カンタワイラの犠牲に気づかない人間は――今日出会ったばかりとは言え、同じ任務に就くことになった人間の犠牲に気づけないような人間はこの場に居らず、そして仲間の死に狼狽えるような人間も居なかった。それはモアラも同じこと。カンタワイラが死に、残るところ四人となってしまったチーム・ルードのメンバーたちはそれぞれの武器を構えスキルを発動し、モアラもまた肩紐にかけていたボウガンを構えた。


「モアラ! 絶対に俺から離れるんじゃねぇぞ!」

「わ、わかりましたわ!」

「聞き分けのいい奴は好きだぜ!」

「好きって……! って、今はそんなこと言っている場合ではありませんわ!」


 モアラの言う通り、正直に言って冗談を交えている余裕なんてない。なにせ、俺たちは未だ、カンタワイラを殺した下手人を見つけることができていないのだから。


 超遠距離からの狙撃か、或いは不可知不可視の魔物による奇襲か。どちらにせよ、知ることができていない今は計り知れない脅威である。


「俺が敵を見つけます!」


 混乱する部隊の中で、そう叫んだのは真二級パーティのリーダーを務める、準一級冒険者のサーマル。彼の持つ天賦スキル〈慧眼〉は、肉眼が捉えることができる情報を切り替えることで、様々な視界を得ることができるスキルである。


 切り替えられた彼の視界が写すのは温度の世界。いかにゴーレムと言えど、動くとなれば熱源となるコアがあり、視覚的に消失していようと、燃え上がるコアを隠しきることは難しい。


「居た、六時の方向――俺のすぐ後ろに!」


 〈慧眼〉は広くとも120度程度しか見ることができない人間の視野角を超えて、背後まで見ることができる補助系スキルである。そして彼は、すぐそこにまで迫っている脅威に――数秒と経たないうちに自らを殺しうるであろう敵を前にしてもひるむことなく、それがどこに居るのかを仲間たちに伝えた。


「よくやった!」


 そして、その勇気ある判断が彼の命を救うこととなる。


「ルードさん!」


 一秒を更に十六分割した猶予時間。その中で敵の存在を、居所を掴んだサーマルを救うべく放たれた拳は、寸分違わずゴーレムの体を打ち据えた。


 しかも、かのゴーレムを打ち据えたのは、ダンジョンを徘徊する魔物など比ではないダンジョンボスを殺した肉体が放つ強力な一撃だ。ただそれ一つで、本来は弱点を突かなければ討伐の難しいゴーレムの体を粉微塵に砕いたのだ。


 そして、俺は言った。


「引き続き索敵を続けてくれ! 生憎と俺は肉体強化で得られる五感以上の索敵能力は無い!」

「りょ、了解しました!」


 謎多き天賦スキルの全貌を解き明かせず、尚且つ通常スキルの獲得を望めない俺の索敵能力は下の下と言って差し支えないものだ。


 一応ながら、肉体強化によって鋭敏に視力や聴覚を使った索敵は可能だが、それ以上の――例えば、戦いの達人がそうであるような殺気や気配を捉えるといった芸当ももちろんのこと、今しがたサーマルがやって見せた、スキルによる特殊な視界や感覚を使った索敵ができない。


 だからこそ俺が取ったのは、仲間を頼ることだった。


「敵を見つけたら遠慮なく声を上げろ! お前らは防御に徹していい! 俺が相手を打ち砕く!」


 打ち砕く。そう言いながら俺が取り出したのは一本の短剣であり、打ち砕くというよりも斬り裂くといった方が正しいのかもしれない。


 しかし、突如として降って湧いた脅威を数秒と経たずに始末して見せた俺の姿を見て、不安の影を作る人間などこの場に居なかった。


 どうにかして敵を見つけることができれば、この人があとは何とかしてくれる。一級冒険者ともあろう人間にしては、あまりにも弱気な考えであるが――同じ一級冒険者が、為す術もなく死んでしまったのだ。仕方のない話だ。


 とにもかくにも――


「進むぞ! サーマルに索敵を任せて十字陣形を取れ! ほかにも索敵ができるスキルを持ってるやつは今すぐに知らせろ!」


 不可視の敵を見抜いた実績を持つサーマルと、非戦闘員であるモアラを中心に据えた十字陣形を取った俺たちは、ちらりと浮かんだ撤退の文字を振り払って前へと進んだ。


 モアラだけでも避難を、なんて考えすら捨てて――。


「前方にゴーレムが二体! 魔法型と重量型が来ます!」

「エズリアはシールドを展開して魔法型の攻撃に備えろ! 重量型を俺が斬り裂く間、ベルベッドは魔法型の足止めを頼んだ!」

「「了解!」」


 高い防御力を誇る魔法使いエズリアの持つ通常スキル〈木魔法〉によって編み出された障壁が、前方から魔法攻撃をしてくるゴーレムの魔法を足止めする。


 エズリアの〈木魔法〉の裏から放たれるのは、ベルベッドの〈闇魔法〉。敵の動きを拘束するそれが上手く魔法型のゴーレムの動きを止めたところで、もう一体の重量型ゴーレムを俺の短剣が切り刻んだ。


 流石はヴィネから貰った短剣だ。斬りたいものなら何でも斬れるという触れ込みも伊達ではない。そんな関心を抱きながら、続く太刀筋で魔法型ゴーレムも切り刻んだ。


「進むぞ!」

「はいっ!」


 この繰り返しだ。王宮を目指す道のりの中で、モアラに気を配りながら先へと進む。索敵と撃破。サーチ&デストロイ。


 低国ヴィネを、反則的なショートカットを使ったとはいえ攻略して見せた俺に、この程度のゴーレムなど敵ではない。


 そう、思っていた矢先だった。


「敵影! ……いや、これは……人?」

「人だって!? 生存者なら救助対象だぞ!」

「い、いやあの人は見たことある。確か……コーサーのギルドに居た、ザクロだ!」


 ザクロ? ザクロというと――地上に出る前に出会った、あの『アダマントグレムリン』のザクロか?

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