第39話 謁見の間にて
宝宮プルソン。
多次元的に展開された足場が無限にも近い立体を描く迷宮が広がる、神書ゴエティアに記されし四番目の最高難易度ダンジョンである。
立体的な迷宮を徘徊する魔物はゴーレムと類似する特徴を持った、宝宮プルソン固有の魔物。その種類は多岐にわたり、速度やパワー、或いは魔法攻撃の有無や使用属性に至るまで、個体ごとの規則性は皆無だ。
ただし、唯一の共通項が存在する。それは、打てばどんな攻撃であろうと、穿てばどんな武器であろうと、ゴーレムの体を一撃で崩壊させる弱点が、彼らには存在しているのだ。
故に、宝宮プルソンを攻略するのに必要なのは、それら弱点を瞬時に見抜く知識と反射神経。そしてその弱点をどのような状況であろうと穿つ集中力。更には、無限にも等しい多次元立体構造の迷宮の全容を記憶し、そこから導き出されるゴールのヒントを見つけ出す記憶力と発想力が求められる。
総じて、タダの力押しで攻略することのできない迷宮であるのだ。
しかし、その宝宮プルソンは攻略された。宝宮を徘徊するゴーレムたちがそうであるように、ダンジョンボスすらもただの一撃で、その弱点を正確に穿ち完璧に砕かれたのだ。
そして、それを成した人物は今――
「任務、完了、不測、不覚、機能、低下」
「ああ、お疲れ様アイリス。随分と長いこと戦ってたね。一日はかかったのかな?」
その人物は今、ボロボロの体を引きずりながら、無感情に、無表情に、崩壊した王宮の唯一残った玉座の間に鎮座する男の前に現れた。
アイリス。どうやら、それが宝宮プルソンを単独で攻略して見せた人間の名であるらしい。
「どうだい? 今の時代の人間の強さは。もちろん、この
人間ではない。そう語るプルソンの言葉も間違いではないということは、足を引きずるアイリスの断ち切られ失われた右腕の傷口から、一切の血液が零れ落ちていないことからわかることだ。
まあ、それは今は関係のないことだから一先ず措いておくとして。
「流石、王族。天賦、不測。重傷、逆説、討伐」
「ああ、そうだよね。どんな人間であろうと、相手は千年も続く大国の王だ。そして、それほどの歴史ある血ならば、魂に受け継がれる天賦スキルがある。今までの王族共は一人を除いて持ち合わせていなかったみたいだけど、やっぱり現役の王は持っていたか……うーん、テンションが上がらないなぁ。どういうわけかダンジョンに入れなかったし、やる気が出ないなー」
「任務。優先。悪魔。優先、下位」
「まったく、王である僕よりも優先するべきものがいるとは妬ましい……いやはや、契約者として対等な関係である以上は、君の意向を重んじるのが、王としての器だとも」
玉座の間に座る男は、つまらなそうに鼻を鳴らしながら、いいわけでもするかのように傷だらけのアイリスに対して会話を続けた。
「それで? アビル家に伝わるスキルはどんなものだったの? 今後のために教えてほしんだけど」
「不明。予測、不可視、線状、攻撃」
「ふーん。なるほど。僕のスキルと似たようなものなのかな? いや、系統が違うか。となると、魔力変化の武器化系列……まいいや! 実戦で試してみよっ!」
なんとも適当なプルソンの回答に、今の今まで無表情を貫き通してきた感情が揺らめいたのか、僅かながらにアイリスの眉が
とはいえ、そんなことは今に始まったことではないと、すぐさまその感情は
その後、アイリスは彼の言葉から伺い知れた状況を、改めて問として出力した。
「疑問、実戦、早急、回答」
「ああ、いや。大した話じゃないんだけどね? 何人か一気に強そうなのが僕の国に侵入してきたみたいなんだよね」
侵入者と聞いたアイリスは、今度こそ明確に眉をひそめて抗議した。どうしてそんな大切なことを、今の今まで黙っていたのか。
いや、わかっている。そんな理由などわかりきっている。
この悪魔は、この男は、自らを王と称するこの怪物は、その程度の侵入者など意にも返していないのだろう。
それほどの自尊心を持ち合わせつつ、その上で心の底から自分自身に惚れこんでしまうほどの力を、この男は持ち合わせているのだから。
それこそが、宝宮プルソンの最深部にて、彼女に契約を持ち掛けた悪魔プルソンであった。
「憤慨」
「まあまあ、そんなに怒らないでよ。その感情がどれほどのリアリティを持っていても、君はいざとなったら無感情に行動を起こすんだからさ」
「論外」
「いやいやいや。僕だってなにもしないわけじゃないし、何もしてないわけじゃない。そもそも、王とは上に立つ存在、でしょ? 王座に座して、軍勢の最後尾に立つモノ。それに……最初から僕が戦場に出ちゃったら、興ざめもいいところだしね」
「……」
プルソンのいつも通りで、今まで通りのナルシズムに呆れた溜息を吐いたアイリスは、何も言うことなく背中を向けて玉座の間から退室しようと動き出した。
「おいおい、どこに行くんだよアイリス」
「愚問。敵性、排除、負傷、換装」
「ああ、なるほど。んー、できれば臣民の調子も見ておきたいから、あんまり手を出さないでほしいんだけど……」
「兵力、消耗、愚行」
「でもなぁ、多分、そこまで心配するようなことじゃないと思うよ? もしかしたら、臣民たちだけで侵入者を全員倒しちゃうかも! ダンジョンのギミックだって動いてることだし、本当に手を出す必要はかなり低そうだ」
「……仮定。可能性。予測、不測、戦備」
「ああ、そうかい。ま、それほどいうなら勝手にするといいさ。僕はここにいる。ここだけに居るから」
たとえ臣民とやらがすべてを解決するのだとしても、予想外を厭うアイリスは、最善を尽くそうとプルソンへと告げた。
だからこそ、その生真面目な彼女を評価して、そこまで言うならお手上げだとプルソンはアイリスの好きにさせる。
「でも、本当に君の出撃は意味ないことかもしれないよ」
そんな警告を聞きもしないで、そうしてアイリスは玉座の間の外に出て行ってしまった。
「あーあ。僕だって王として、最善の配置を心掛けてるんだけどなぁ――ま、ここまで来たら遊んでもらうか」
もし、彼のこの言葉を聞いた上で、今しがた侵入者たちの前に立ちはだかった物を見た人間が居たとしたら、口をそろえて皆こう言うだろう。
悪趣味だ、と。
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