第38話 作戦開始


「ルードさんって、あのソロモンバイブルズに入ってたって本当なんか?」

「ん? ……ああ、まあそうだけど。お前は?」

「ああ、俺は準一級パーティの『ドルフィンズ』リーダーのカンタワイラってんだ。ま、家のパーティーは一級が俺しかいないから、今回の招集も俺しかこれてなんやけどな」

「一級が一人しかいないのに準一級パーティか。そりゃさぞかしいいパーティだな」

「へへっ、ありがとな。まあ、準一級になって、パーティメンバーで白の国に別荘買って、優雅に暮らすって夢まであと少しだったってのに、こんなことになっちまって凹んでるんやけどさ」

「いい夢じゃねぇか。そりゃ死ねねぇなぁ……」

「ああ、そうや。死ねないんや。だから、期待してるぜ」

「期待が重いよ」


 無人となった王都突入前。配置についた各部隊は、お互いの手札の共有をしていた。


 どういうわけかソロモンバイブルズが誇る実力者の一人にされていた俺は(知名度がなかったおかげで逆に実力を疑われなかったが)、不本意ながら後ろに続く四人の一級冒険者を率いることとなった。


 一応、俺はコルウェットたちと違って真一級ではなく一級だし、それもソロモンバイブルズの功績に引っ張られる形で昇格できたものなんだけど……。


 まあ、今後生きていくうえで一級のギルドカードを停止されるのは困るし、王都が災禍に飲まれた今、この大惨事に手を貸さない理由はない。


 それに、コーサーは俺とコルウェットが帰る低国ヴィネの真上にある都市で、しかも唯一の入り口がある場所。そこが侵入不可ともなれば、俺たちは172層に帰れなくなってしまう。


 ダンジョン最下層を根城とする俺としても、コーサーが機能停止に陥るのは困るのだ。


「本当に、誰も居なくなってしまったのですね」


 そんな俺の横には、望遠鏡を使って王都の様子を見るモアラが居た。

 彼女が王族であることは隠されていて、ギルドに事情を教えて連絡員という立場にしてもらった。


 もちろん、モアラが連絡員として収まるまでに何事もなかったわけではないが――王族としてのモアラの発言力と、ソロモンバイブルズという看板が誇る後ろ盾を存分に活用して無理を通してもらったところだ。


 ついでに言えば、連絡員としての知識は最低限どころか十二分にモアラは修めていた。ともすれば、なにも問題はないだろう。王族が、自ら死地に向かっていること以外は。


 はっきり言って俺は、彼女が戦場に向かうのは大反対である。ただ、覚悟を決めた人間を引かせることは、並大抵のことではない。特に、無理矢理にでも止めて反感を買い、彼女一人で王都に吶喊される方が迷惑だ。


 どうしてそこまでこの戦いにこだわるのか、一度聞いたのだが――その時は、目的があるとだけ言われて会話を終わらせられてしまった。いや、兄弟の多くが居なくなった今、自分にしかできない王族としての責務がある、だったか。


 そのため、ナズベリーとコルウェットと、そしてギルドの間で行われた話し合いによって、俺の仕事は(俺の率いる部隊の仕事は)このおてんばなお姫様の護衛となってしまった。


 だからか攻略に当たる人材は他の部隊に多く割り当てられており、俺の部隊に居るのは防衛、逃走が得意な連中が多い。


 つまり、死んでも姫だけは守れということだ。


 本当に、厄介な話だけど。まあ、あの時あの夜に護衛を承っちまった付けが回って来たってところだな。


 ちなみに、他の班分けはこうだ。


 チーム『ブルドラ』メンバー八人。高い機動能力を持つブルドラを中心とし、早急な王宮到達を目指す。


 チーム『コルウェット』メンバー十人。高い殲滅力を持ったコルウェットを中心に、王都内部の魔物の討伐を行う。


 チーム『ナズベリー』メンバー六人。生存者の保護を優先し、人命の救助に務める。


 そしてチーム『ルード』メンバー六人。表向きは遊撃部隊。ナズベリーの人命救助の手伝いをし、コルウェットの魔物討伐を補助し、ブルドラが王宮を目指す道を切り開く。そして裏向きには、裏方に徹して姫を危険に晒さない。


 そして、上記のチームそれぞれに、通信魔道具を持ったギルドの連絡員の人間が配属されている。ただし、俺のチームはギルドの人間ではなくモアラだけど。


 まあ、無名の俺が攻略戦力として数えられていないのは今に始まった話ではない。そのため、多くの功績を築き上げた三人が重要なポジションに当てられることは当然だ。


 ただ、これから向かう先が真に低国ヴィネに並ぶ最高難易度ダンジョン――宝宮プルソンであるとするならば、油断なんてできないだろう。


『皆さん、準備はよろしいですか!』


 ギルドから支給された通信型の魔道具から声が発される。声の主はマリアだ。数少ないコーサーの生き残りであり、ギルドの受付嬢として、コーサーの大部分の地理を頭に入れている彼女だからこその配置である。


『チームコルウェット。準備オーケーよ、マリア』

『チームナズベリー。問題ありません』

『ちゃっちゃと行こうぜぇ、よぉ。俺の血は煮えたぎってんだ、待てねぇよ!』

「チームルードも準備完了だ」

『わかりました』


 それぞれの部隊から準備完了を知らせる旨が届き、マリアの声を最後に沈黙が訪れる。それはまるで嵐の前のさざ波のように静かで、しかして焦燥を纏う。


 そしてその時は訪れた。


『全部隊、突入を!』

「『『『了解ッ!!』』』」


 全部隊が同時に王都へと突入する。それが作戦開始の合図。それがこの戦いの始まりを告げる合図。


 ――悪魔という存在が、世界へと知られる最初の戦いの始まりだった。

 

 そして――


「んだ、ここは……」


 王都に侵入して明らかに様変わりした世界を見て、俺は言葉を漏らした。コーサーには城壁がない。そのため、郊外から続くなだらかな道を登り、岩石地帯のひときわ大きな丘の上に立つ王宮へと続く四本の大通りの入り口こそが、コーサーの入り口となっている。


 俺たちがそこに足を踏み入れた瞬間に、何かの境界線を越えたような、或いは陸から水の中へと入ったような、そんな不思議な感覚に襲われた。そうしてみれば、世界が歪み――文字通り、歪んだ世界が俺たちを待ち受けていた。


 まるで球体の檻の内側に入ってしまったような感覚に陥ってしまったのは、。大通りの道が急こう配の上り坂のように空へと上がり、そして一回転して俺たちの頭の上に目的地となる宮殿が聳えている。


 明らかな異常。現実では考えられない光景。これこそが、空間そのものが歪んだ宝宮プルソンが、最高難易度ダンジョンと呼ばれる所以。確かに、これは真にダンジョンと言って差し支えないだろう。


 更には――


「……カンタワイラ?」


 一変した世界に気を取られたのは一瞬だけ。そのたった一瞬で、一人の冒険者が――夢を語っていた、未来ある一人が、ひしゃげた腕を俺へと伸ばして死んでいた。


「戦闘態勢! 全員、魔物の攻撃に備えろ!」


 戦いはもうすでに始まっていた。


 どこから放たれたのかも、どこから現れたのかも、どこに居るのかもわからない脅威によって――一人の冒険者の死によって、俺の旅路の終着点が、決して油断できるものではないと教えられたのだった。

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