第37話 生還者


「いいか、俺たちの目標はいずれ到着する本隊のために情報を持ち帰ることだ! 王都内部で何らかの異変に遭遇した場合、生存することに務めろ! 俺たちの中から一人でも情報を持ち帰ることができれば、それだけで大金星の勲章ものだ」

「「「はいっ!」」」


 王都コーサー郊外。

 いつかの昔にギルドカード試験が行われた場所からほどなく近い場所で、一人の冒険者――二級パーティ『カラミティブレイカー』リーダーのサンセットが声を張り上げた。


 その声に追従するのは、二級以下のパーティーが四つ。合計して13人の冒険者たちである。

 彼らは偶然にもコーサーから離れていた、或いはコーサーの付近にある街に滞在していた二級以下の冒険者たちである。


 彼らもまた、現在王都コーサーへと移動中のルードたちと同じ、緊急招集の令を受けて駆り出された身だ。

 その目的は、王都の異変の調査。


 飛行スキルや遠視スキルを持った冒険者たちによる偵察では限界があると、彼らは異変の渦中にある王都の調査を名乗り上げたのである。


 彼らの中には、家族がコーサーに居るものや、友人がダンジョンに行っているものなど、この状況を静観していられないものが多くいる。だからこそ、一級レベルの戦闘はできずとも、情報だけは持ち帰ろうと決起したのだ。


 ともすれば、残してしまった家族友人を助けられないか、と。


 そうして勇み挑む彼らは、王都に侵入して事態の深刻さを――これが、真に異変であることを、そしてこの王都で生存者を望むことが絶望的なことを知る。


「な、なんだこいつらは!?」


 いや、生存者はいた。ただし――


「お前ら、なぜ魔物を従えているのだ!」


 それは、彼らにとって喜ぶことのできるものではないことだけは確かだった。



 ――第一次王都調査団壊滅。

 ――生存者1名帰還。

 ――行方不明者13名



 唯一帰還した、帰還することのできた冒険者は語る。


「あれは……人間の住むところじゃなくなっちまってた。ありゃまるで……あんなに魔物がひしめく場所は……あれは、ダンジョンだった」



 ◇◆



「ダンジョン?」

「は、はい。数時間前に行われた王都調査の帰還者の言では、王都には魔物が溢れており、まるでダンジョンのような様相であったと」

「……遠目から見て、王都に人はいなかったんだよな?」

「はい。おそらくは結界か、幻術か、もしくはそれ以上の何かおかしな力が働いて、外部から見える内部の姿が違うのだと思われます」


 コーサー付近に建てられた仮説キャンプ場。そこに集まった一級以上の冒険者30人に対して、現在の王都の状況が説明された。


 そこには、ダマサクから数時間という短時間で移動してきたルードたちの姿もあった。コーサーからダマサクまでの道のりを一週間以上かけて来たルードにとって、直線距離とはいえたった数時間で逆戻りになったのはたまったものではないが――非常事態である以上、そんなことは言えないだろう。


「もしや、低国ヴィネの魔物が溢れたということか?」

「いえ、おそらくは違うかと。現在唯一の帰還者である冒険者は意識が錯乱しており、ある程度の情報しか得ることができませんでしたが……低国ヴィネで見られる魔物の特徴とは乖離かいりした魔物の話が出ましたので、おそらくは」

「となると、人為的に魔物が呼びこまれたといった方がいいってことか」

「かと思われます」


 お立ち台に立つのは、ジカレスクに務めるベテランの受付嬢。彼女が用意された黒板に書き記す魔物の特徴を見て、ひとりの冒険者が声を上げた。


「……その魔物は、宝宮プルソンで見られる種類ですね」

「はい。その通りでございます」


 声を上げたのは、かの有名な真一級パーティーソロモンバイブルズの元メンバー、ナズベリー・バーバーヤガ。知的な佇まいの彼女は、その風評に違わないふるまいで、その知識を綴った。


「低国ヴィネの魔物は多岐にわたりますものの、基本的な生態系に即した――地上の環境でも見られる魔物が生息しています。しかし、宝宮プルソンに出現する魔物は、そのすべてが四角形に均された石材のゴーレムとなっております。いうなれば、居るはずのない魔物が街を占拠しているのです」


 宝宮プルソン。それは、かの神書ゴエティアに記されし最高難易度ダンジョンが一つ。


 最高到達階層14層。

 最下安全地帯10層。

 最下階層不明。


 その特徴は、随時切り替わる空間と立体構造の迷宮にある、侵入者を堂々巡りにさせるつくりとなっているダンジョンだ。


 ダンジョン自体に施されたギミックは多くの冒険者を迷わせ、そして現れるモンスターによってその難易度をさらに上げている。


 受付嬢が言うには、そしてナズベリー他そういった知識があるものは、外部から内部の状況が確認できないのも――信じられない話だが、その宝宮プルソンの法則が発生しているのではないか、という見解に行きついた。


 となると――あの王都は、現在低国ヴィネに並ぶダンジョンとなっているということである。


 だからこそ――


「だからこそ、ナズベリーさん。いえ、低国ヴィネを開拓した英雄にお願いしたいことがあります」


 だからこそ、ナズベリーたちに白羽の矢が立った。


「幸運なことに、13層から難易度が激変する最高難易度ダンジョンにて、13層に安全地帯を築いた英雄らがここには四人も居られるのです。ならばこそ、彼らを旗頭として指揮を執っていただきたく私は思っています」


 受付嬢は語る。この場には、最高難易度ダンジョンが最高難易度と謳われる所以を打ち破った人間が居ると。彼らを旗頭とすれば、本来のダンジョンほどの階層もない王都の奪還は簡単だと。


「おい、ナズベリー。俺たちかなりの無茶苦茶言われてるぞ」

「そうは言っても、答えるしかないでしょう。ここまで絶望的な状況を見て、士気を保つのも私たちの責務ですから」


 そうして王都奪還の作戦は成った。


 作戦はこうだ。

 ソロモンバイブルズに所属してたナズベリー、ブルドラ、コルウェット、ルードを筆頭に一級冒険者たちを四班に分け、王宮に続く四本の大通りの入口から王都に潜入。おそらくは今回の騒動の実行犯と思われる人間の居る王宮を目指して進む。


 そして――


「内部における生存者にはお気をつけてください。情報によれば、裏切り者がいる可能性も高いとのことですから」


 裏切り者。それは、王都の陥落に手を貸した人間を指すのだろう。しかし――


「……裏切り者ねぇ」


 ついこの間まで、本物かどうか疑われていたルードにとって、その言葉は深く記憶に残っていた。


『神書ゴエティアに記されし最高難易度ダンジョンの五番目にあたる奸街かんがいアスモデウスでは、ダンジョン内のトラップにかかり行方不明になった人間の姿をす魔物がいると聞きます』


「……杞憂だと、いいんだけどな」


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