第35話 リクガメ


 日付にして今日。

 時刻にして12時55分。

 コーサーより程なくした都市ジカレスクより、王都陥落の知らせが流砂の国内の全ギルドへと報告された。


 そして先日――今はまだ箝口令が敷かれており、一部の人間にしか伝えられていなかったが、旧都アルザールも同じく滅ぼされていた。


 旧都アルザールにて箝口令が敷かれていたのは、劇的な破壊の痕跡が見受けられないモノの、アルザール内の人間が忽然と姿を消していたことにある。


 この異常事態の調査に人員の整理をしていたところにこれだ。状況は急を要する一級緊急依頼として受理され、準一級以上の資格を持つ君たちに任されることとなった。


 現在、ジカレスクより派遣された真二級パーティー『ピーキーコンドル』の偵察によって、王宮の瓦解と共にその中心部に座している人間の姿が目撃された。


 詳細は不明であるが、おそらくはその人物――ないし集団が今回の王都陥落を画策し、実行し、そして成功させたものだと思われる。


 ただし、王宮を除いた町全域には大規模な破壊の後は見受けられず、また住人のすべてが消息を絶った。これは、アルザールと同様の状態である。


 そのため、ここからコーサーに移動するまでの時間に真二級以下の偵察隊が派遣され、その情報を元に今動くことができる準一級以上の本隊が動く手はずとなっている。


 最後に――王都を襲った侵略者と思しき人間を見つけた場合、殺してしまっても構わない。これだけのことをしでかした奴らだ。生け捕りにしてその罪を償ってほしい所ではあるが……たった一夜にして王都を陥落させた人間を相手に手加減をしては、逆にこちらの命を損なう可能性がある。だから全力で殺しに行け。


「――以上だ」


 作戦会議は終わり、会議室のドアが開かれる。続々と続いていく冒険者たちであったが、ふと俺は足を止めてしまった。


 すぐ横に立っていたモアラが足を止めたからだ。


「……無理しなくていいんだぞ」


 旧都アルザールといえば、王族の親族や子供が居る場所だ。王都が無くなっただけではなく、その他の兄弟たちが暮らす旧都まで異変に見舞われたともなれば、平常でいられるわけがない。


 家を捨てた俺が言うのもなんだが――それは、当たり前の感情だ。


「怖いなら逃げろ。それが普通だ。そしてお前はそれが許される立場にある」


 彼女は真一級の冒険者ではない。しかし、どうやらナズベリーが彼女の素性をギルド長へと申告していたらしく、その覚悟をもってして王都への動向が認められた。


 とはいえ、彼女は王族であることを除けばただのお姫様だ。天賦スキルの有無は知らないが、あの夜の逃走劇を見る限り、戦う術こそあれど、力はない。


 それも仕方のない話だけどな。命を投げるような冒険を続ける冒険者と、王侯貴族としての品格を学んだ王族。学ぶことも違えば、覚えることも違う両者が並んで戦えるはずもない。


 むしろ、王族は戦わないほうがいい。ここにモアラがいることを天命だと悟り、その血を絶やさないようにコーサーから遠くへと逃げた方が、王族としては正しい行いだ。


 その行為に、後ろ指を指す人間など誰も居ない。


「いえ、大丈夫ですわ。ご心配をおかけしましたが、大丈夫。たとえ私が死んだところで――姉上の血が、異国にて残る限り我らアビル家に滅亡は在りません。この旅路も、姉上の無事を確かめるための物でしたが――こうなってしまえば、この国に残った、その勤めを果たさなければいけませんもの」

「そうか」


 なんつー心の強いお姫様だよ。……そういえば、あの馬車の中でも、戦意喪失した一流の冒険者の武器を引っ手繰って、彼女は最後まで戦おうとしていたっけか。


 それがモアラの性分だというのなら――


「わかった。んじゃ、何があっても俺が傍にいる。あの護衛の話、まだ有効だよな?」

「ええ、有効ですわ。あなたほどの腕利きともなれば、例え無効であっても有効にして見せますもの」

「随分と大層な期待を寄せられちまったな……俺が死なない限り、絶対に守ってやるよ」

「頼みましたわ」


 元気を取り戻したモアラと共に、俺たちはギルドの外へと出た。


「遅いわよルード!」

「すまんすまん」


 そうしてみれば、先に行っていたコルウェットへと怒られてしまった。ただ、彼女もモアラの様子には気づいていたらしく、それ以上の叱責の言葉が続くことはなかった。


「これで全員っすか。あ、名乗り遅れました。僕は二級パーティーの『ガルーダクライム』リーダーのガルーダといいます。今回、本隊のあなた方を王都へと移送する任を承ったっすので、急ぎますよ」


 それから、俺たち準一級以上の十五人とお姫様一人が集まったのを確認したガルーダと名乗る冒険者が、口笛を吹いた。


 すれば、のそりと――地面が隆起する。


「召喚系魔法――コルウェットとは違う、魔物使役か」


 現れたのは、高さ五メートル。幅十メートルはあろうかというリクガメの魔物であった。コルウェットの『花騎士』たちとは違う、飼いならした魔物を使役するタイプの召喚魔法だ。


「皆さん、急いでこいつに乗ってくださいっす。こいつは『アイランドタートル』。少し揺れるっすけど、速度だけはピカイチっす」


 ガルーダのその言葉に合わせて続々と招集された冒険者がリクガメの甲羅の上へと乗り込んでいく。ごつごつとした甲羅の突起は掴みやすく、これにつかまっていれば振り落とされないとのこと。ただ、姫の身分のモアラが心配だったので、俺は彼女の手を握った――


「んじゃいくっすよー!」

「わわっ、浮きましたわ!」

「こいつは……少し揺れるじゃ済まなさそうだな」


 前言撤回。モアラの手を握るだけじゃだめだと思った俺は、急いで彼女の肩を抱きよせ、右腕を使ってがっちりと抱きしめた。コルウェットの方から何か声が聞こえた気もするが、そんな声にかまっている暇などない。


「まっすぐ前進! 目指すは王都コーサーっす!」


 なぜならば、とんでもない速度でリクガメが発進した後だったのだから。

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