第33話 異変
「お嬢様がいない間も、そして行方不明になってしまわれた後も、爺やたちは帰りをお待ちしておりました。庭の雑草をむしり、絵画の埃を叩き、積みあがる汚れをちぎっては投げちぎっては投げ――」
「つまり、しっかりと管理はしてくれていたわけね」
「はい。いつでも、いつまでもお嬢様の故郷であれるように。頑張りました」
「そう、ありがとう」
サラが落ち着いてから屋敷の中に案内された俺は、応接室と思われる場所で出された紅茶を飲んでいた。そして聞かされたのは、コルウェットが家を空けている間のことであった。
「大きなことは特にありませんでしたね~。あ、私一応冒険者の試験合格しましたよ!」
「おお、やるじゃない」
「えへへ~。これでお嬢様の隣に立って戦えます!」
「とは言いますが、サラはまだ準四級。真一級のお嬢様と並んで戦うには先が長い始末です」
「それを言わないでくださいよおじい様!」
聞けば、サラはムーゴル爺さんの孫なのだとか。そして、ムーゴル爺さんは元はコルウェットの母親に仕えていた使用人で、今は彼女が残した子供であるコルウェットに仕えているのだとか。
そして――
「ジーナ様のお墓であれば、裏庭の木陰に作らせていただきました。あそこを守るためにも、我々はこの家を守り続けていたのです」
「そう。本当に、苦労を掛けたわね」
「いえいえ。ジーナ様はこの爺やが心に決めた主でございますので。この命を賭けてでも、墓と家はお守りいたす所存でございます」
「それは……そうね。ありがとう」
何かを言いかけて、彼女は口を噤んだ。例の提案はまだ言わないつもりなのだろうか、と思ったが、そういえばこちらの事情について、まだ彼らに話していなかったな、と俺は思い出す。
誰も、低国ヴィネの深層に居を構えているなんて話をすぐに信じられるわけもないし、仕方がない。
「お嬢様。爺やもまた、お嬢様の旅路について話を聞きたく思います。お嬢様の勇名はこちらまで届いておりますが、是非ともお嬢様の口からお聞かせいただきたい」
「ええ、いいわ。ゆっくりと、何があったのかを語るとしましょう……いいわよね、ルード」
「ああ、構わないぞ」
コルウェットがソロモンバイブルズに所属したのは、ちょうど一年半前。確か、彼女がこっちに入って来たとは15歳だったっけか。そんな子供が、死んだ親の願いを叶えるために、世界でも有数の高難易度ダンジョンに挑戦していたのだ。積もる話もさぞ多いことだろう。
俺の知らない一年前のことも、俺の知る半年前からのことも。彼女の歩いてきた道筋なのだから。
ならばこそ、俺は同行者として構わないと言葉を発した。ここまで来た目的も、彼女に提案したことも踏まえて、すべての事情が彼女から使用人たちに伝えられるのを待ちながら。
ただし、俺たちの運命はそんな悠長な時間など与えてくれなかった。
――ピンポーン
鳴り響くのは、門に備え付けられた魔道具の呼び出し音。
「はて? こんな時間にお客様ですか。……すいませんお嬢様。少し失礼させてただ来ます」
「いいわよ。そもそも、これから先はもっと長くなるのだから。小休憩と行きましょう」
13層での冒険譚を、コルウェットが俺に気を使いながら語っていたところで、どうやら誰かが訪ねて来たらしい。不思議そうな顔を浮かべるムーゴル爺さんは、コルウェットに断りを入れてから席を立つ。
その断りに対してコルウェットも仕方がないと紅茶を一口啜りながら、一息ついた。
そうだな。確かに、かれこれ既に一時間は話していたか。いやはや、ここまでコルウェットの弁が立つとは――なんて、俺が思っていたその時だった。
「お嬢様。どうやら、ギルドからのお客様のようです」
「ギルドから? ……わかった、通して頂戴」
おかしな話だ。コルウェットは今しがた屋敷に到着したばかり。だというのに、まるでここにいることがわかっているかのように、ギルドの人間が訪ねてくるとは。
コルウェットが感じたように、俺もひしひしと嫌な予感を感じた。
そして、応接室に通されたのは――
「コルウェットさん、ルードさん。こんな時に押し入ってしまいすいません」
申し訳なさそうな顔を浮かべるマリアだった。
「あら、マリアじゃない。いったいどうしたのよ」
マリアであれば、確かにコルウェットがここにいることを知っているのでなにもおかしくはない。しかし、ギルドから?
「実は――コルウェットさん。並びにルードさんに緊急招集の令がでました」
「……詳しく教えてちょうだい」
「はい」
緊急招集の令。それは、冒険者ギルドのギルドカードを所有する冒険者たちに課せられるルールの一つ。
何らかの非常事態が発生した時、その問題を解決するために緊急で冒険者が招集される場合がある。この召集を蹴った場合――最悪、ギルドカードがはく奪される。
これは、ダンジョン内のモンスターが地上に出現したり、未曽有の災害が発生した場合に適用される緊急性の高い依頼だ。そして、召集を拒否した際にギルドカードがはく奪されるということは――それはつまり、それだけ重要度の高い依頼でもあるということだ。
滅多に発生することのない緊急招集に、俺とコルウェットの間に緊張が走る。いったい何があったのか。そして、真一級の(一応俺は真一級ではないが)冒険者を招集するほどの緊急事態とはどんなものなのか。
それが、マリアの口から語られる――
「王都コーサーが落ちました。原因は不明。ただ――何の前触れもなく王宮が文字通り崩壊し、街から人が消え去ったのです。多くの冒険者が今もなお低国ヴィネを目指して居を構える王都にて、これだけのことが起こった――ギルドは直ちにコーサーで何が起こったのかを調査するために、この事態を一級緊急事態と認定し、準一級以上の冒険者に緊急依頼が発令されました。せっかくのコルウェットさんの里帰りであることは承知しておりますが……ご同行を、お願いします」
それは、俺たちが思ってもいなかった事態だった。
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