第32話 帰郷


 貿易都市ダマサクの高等住民街には、各国の貴族や金持ちの別荘が並んでいる。聞けば、周辺地域からこちらに観光に来る人間も多いのだとか。


 そして、コルウェットの家もここにあるのだという。


「一応、私の生まれは流砂の国ではないけどね。ただ、元々私のお父さんは冒険者上がりの金持ちだったから、元居た国にあった家は、お父さんが死んじゃってから追い出されちゃって……それで、お母さんの故郷に買った一等地だけが偶然手元に残った感じよ」


 とのことらしい。

 管理に関しては、お母さんが頑張ったのだとか。だからこそ、父親亡き後も女手一つで育ててくれた母親だったから、束縛されるような生活を強要されていた幼少期を過ごしたとはいえ、憎み切ることができなかったのだろう。


「大きな家でね、使用人も三人しか雇えなかったからいっつも掃除が大変でさ。私も手伝うって言ったんだけど、あなたは魔法の勉強をしていなさいって、ほんと一緒にお仕置き部屋に閉じ込められたりしたんだっけか」


 懐かしむ彼女につられて思い出の道を歩けば、並ぶ豪邸の中でもひときわ目立つ、赤煉瓦あかれんがの豪邸が見えて来た。


「あら、思ったよりも綺麗じゃない。……まさか」


 まさか、そんなことを言って豪邸の方へと駆けていった彼女は、門の前に立ってインターホンを鳴らした。


 普通の家庭にはない、金持ちの家に備え付けられている呼び出しの魔道具が声を上げれば、中から人が――


「お、お嬢様!?」

「……はぁ、よかった」


 人が、深い皺を刻んだ爺さんが、鳴らされたインターホンに応えるように出てきてから、彼女は安堵するような息を漏らすのだった。


「一体どうしたんだよ、コルウェット」

「一年以上も家を空けていたのよ。それも、半年は実質死亡届と変わりない行方不明扱いでね。もしや売られた後なんじゃないかと思ったけど、爺やの顔を見て安心したわ」


 その安堵が気になった俺は、正直にコルウェットへと尋ねる。すると、そんな回答が返って来たのだった。確かに、所有者のいない家ともなれば、街に接収されて売りに出されていてもおかしくはない。


 ただ、その心配も杞憂だったようで、コルウェットをお嬢様と呼ぶ老人が急いで門を開けていた。


「生きておられたのですね! 爺やは……爺やは、お嬢様が死ぬはずがないと、信じておりました!」

「心配かけたわね、爺や。紹介するわ。この人が私の家を任せていた使用人の――」

「どうも。ムジナ家に仕える使用人の一人、ムーゴル・マルジルナと申します」

「これは丁寧に。俺はルード・ヴィヒテン。訳あってコルウェットと旅をしているものです」

「ほぉ、つまりお嬢様の……これというわけですな」


 挨拶もほどほどに俺を見るムーゴル爺さん。俺が自己紹介を終えてみれば、そっと耳に顔を近づけてきては、内緒話でもするかのようにそう囁きかけて来た。


 ただ、


「あー、申し訳ないですけど、俺とコルウェットはそんな赤裸々な関係じゃないんですよ」

「本当に?」

「本当に。ちょっと前までゴミだのクズだの言われて足蹴にされてた分際で、そんな関係になれるはずがないです」


 男女二人の長旅(を予定)していたとはいえ、そこまで深い関係というわけでもない。172層でも同じ屋根の下で寝てはいるが、カーテンで仕切りを作られて別の部屋という感覚だ。


「そうですかー……ふぅむ?」


 ただ、ムーゴル爺さんからしてみれば納得がいかない様子。いったい彼の何のセンサーに反応があるのだろうか。


「と、とにかく爺や。私がいなかった間のことを教えてくれるかしら? それと――サラはどこに?」

「サラは――」

「お嬢様!?」


 サラとは、おそらく先ほどコルウェットが語っていた二人の使用人のもう一人なのだろう。そう思えば、オレンジ色の髪をしたメイドが門の方から顔を出していた。


「サラも居てくれたのね」

「お嬢様~!! このサラがお嬢様を見捨てて他の家に行くわけないじゃないですか~!!」

「こらっ! 飛びつかないでよ!」


 彼女も彼女で主が生きていた喜びから、涙を流してコルウェットへと飛びついて抱きしめる。それだけ、そうされるだけ、コルウェットが使用人たちから慕われていたという事実に、俺はほんのりと微笑んでしまった。


「生きてて、生きててくれてありがとうございまず~~~!!」

「わかったから! お客様も来てるんだから放しなさい!」

「嫌でず! もう絶対放しませんから~!!」


 今は死んだはずの主と、その帰りを待ち続けた使用人たちの感動の再会の時間だ。外様である俺が、何か口を挟む必要もないだろう。


「ちょっとルード! 何消えようとしてるのよ! こっち来てサラ引き剝がすのを手伝いなさい!」

「いや、女性を無理矢理暴力でしたがわせるのはちょっと……」

「あー、もう! こんな時に常識人ぶるんじゃないわよ!」

「……え? 俺って常識人じゃなかったのか……?」


 突如として降りかかった烙印に俺の精神が大ダメージ。なんとも言い切れない悲しみを背負った俺は、そのまま膝から崩れ落ちた。


「ちょ、ルード!? ああ、もう! なんでこんな変なのしかいないのよここ!」


 泣きつくメイド。微笑み老執事。そして崩れ落ちる同僚。

 赤煉瓦の豪邸の前で行われた一幕は、かくして騒々しく過ぎていくのだった。

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