第31話 また会おう


 騒々しい朝を過ごした俺たちはヌディアの街を早々に発ち、二日を掛けて馬車で移動した先で、俺たちはついに交易都市ダマサクへと到着した。


「大きな山ですわね」

「あれが国境を分ける山ダマサクで、アレの向こう側が鉄の国の領土になっているわ」

「俺がソロモンバイブルズでこっちに来たときは、ダマサクじゃなくて北側のルート使ったからなぁ」

「そういえばそうでしたね。確か、鉄の国は避けて通ろうとリーダーが言っていたのでしたか」

「そうだっけかぁ? よく覚えてねぇなぁ」


 標高1400メートルを誇るダマサク山の麓にできた街。それが、交易都市ダマサクだ。国境に作られたここは、遥か先のコーサーから旧都に続くまでの道のりの入り口であり、西側からアビルに入る行商人は必ずこの街を経由するようになっている。


 そのため、ヌディア同様にそれなりの規模の街となっている。


 そして、ここにこそコルウェットの実家があるのだとか。


「想定よりも随分と騒がしいパーティーになったな」

「本当ね。当初は二人で静かに来るはずだったのに、いつの間にこんな大所帯になっちゃったのかしら」


 振り返ってみれば、ここまでの道のりを付いてきた人間が四人も居る。依頼した御者の人を合わせれば五人だ。


「コルウェット」

「なにかしら、ナズベリー?」

「私はあなた方の監視に徹していましたが、ここに来るまでの道のりで、あなたが偽物でも何でもないということを強く感じました。……いえ、というよりも。これ以上の監視の意義を見失ってしまいました。ダンジョンから飛び出た、人に擬態する魔物であるという予想は大きく外れ、私の勘が、文字通りの勘違いであったと痛感するばかりです。もしこれで、その予想が正しかったとしても――私の目をもってして気づくことができないようであれば、それはもうどうしようもないことです。ですので、私の監視はここまでとさせていただきます」

「あらそう? ……本音を言えば、もう少し一緒に旅をしたかったのだけれど……」

「それは私も同じです。しかし、あなたは行方不明になった冒険者。片や私は今も前線で戦う真一級パーティーのリーダーです。私にしかできないような仕事がある以上、あなた方の旅に同行することは難しい」


 そういった彼女は、ちらりとモアラの方を見た。

 確かに、お忍びの王女を護衛するとなれば、可能ならば俺たちの目的など二の次にして、早急に王女の依頼を達成して、彼女の身柄を旧都へと送りたいところだろう。


 そうせずにここまで同行してくれたのは、彼女の持つ友人へのやさしさか。


「監視とはいえ、ここまで一緒に来てくれてありがとう、ナズベリー。それに、ブルドラとマリアもありがとう」

「なっ……姫から礼を言われるなんて……姫ぇ! 俺はいつでもベッドの隣を開けて待ってるからな!」

「うわぁ……あ、コルウェットさん! 私はここでお別れではないので、また会いましょうね!」


 ちなみにだが、ブルドラはナズベリーと共に王女の護衛。モアラが王女であることは既にブルドラへと共有されており、明日にでもすぐに出発する予定だ。そしてマリアは、帰郷を終えたらコーサーに戻るという俺たちの予定を聞いて、その旅程にまたも同道することになった。


 ただ、空気を読んでくれたのだろうマリアは、自分はしばらくはこの街の冒険者ギルドに顔を出していると言い出して、俺とコルウェットを二人きりにしてくれた。


「モアラ!」

「コルウェット!」

「元気でね!」

「ええ、お互い様ですわ!」


 モアラは王族。そしてコルウェットは深層に住む冒険者。お互いに互いの身分は知らずとも、己の身分故にこの先二度と会えないかもしえれないことを理解しているのだろう。


 だからこそ彼女たちは抱き合って、お互いの友情を確かめた。


「本当に、丸くなりましたねコルウェットは」

「確かにな。昔に俺が見たコルウェットは、ずっとピリピリした静電気みたいなのを発してた気がするよ」

「それはあなたが嫌われていただけだとは思いますが……思いますが、まあ確かに、半年前の彼女は、何かとあたりの強い性格をしていましたからね。少なくとも、ああやって友情を分かち合う、なんてことをしてくれるような人ではありませんでした。自分のことで精いっぱい。いったい何が、彼女にそうさせていたのでしょうか」


 そう語るナズベリーの瞳は、「貴方は何か知っているのでしょう?」と、俺に訪ねてくるような色をしていた。まあ、知っているんだけどさ。知ってるからこそ、その話はコルウェット自身が、話そうと思える時に話したほうがいいと俺は思っている。


 だからこそ俺は口を噤んで、静かに「知らねぇよ」と頭を振った。


「さ、別れの挨拶も済んだことだし、さっさと行くわよルード!」

「わかったわかった。んじゃ、お前らまたな。風邪引くなよ」

「ええ、お互いまた会いましょうか」


 また会おう。冒険者にとってありふれていて、そして一種の願いにも似たその言葉を交わして、俺たちは別れたのだった。

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