第29話 休憩
ヌディアの街は、アビルでも上位に入る大都市だ。
そして、その風評に違わず広大な中央広場にて、二人の令嬢に引きずられる俺は休憩とばかりに立ち寄った食事処の席で、一息ついた。
「このスープ結構うまいな」
「ゴロゴロと入った野菜の歯ごたえがたまりませんわ。それに加えてお肉についたスパイスもなかなか味わえない風味を漂わせており、パンを浸して食べることによってより強く風味を感じることができますわね」
「面白い食べ方するわねモアラ。私もやってみよっと」
そして、同じ席で昼食を取っていた二人の仲のよろしいこと。
いったいどこでそんなに仲良くなったのか、と問われればおそらくは馬車の中でなのだろうけど。確か、最初はコルウェットの方からモアラに絡んだんだっけか。
俺とナズベリーがモアラが王族と知ってから、どういうわけかそれはもうきつい剣幕でモアラに迫るコルウェットに、ひやひやと怯えていたのだが、そんな心配は杞憂とばかりに、二人は打ち解けてしまっていた。
まあ、見た限り年の近い二人が仲良くなることに不思議なことはない。それに、冒険者と王族が友人であるという話も、珍しいというわけではないからな。
優秀な冒険者は多くの人間に評価されるのだから、その評価する側に王族の人間がいたとしてもおかしくはないのだ。
そんなわけで意気投合したコルウェットとモアラの二人は、何時間と俺を連れまわしてヌディアの街の観光に勤しんだ。
ネックレスや指輪などの装飾品を一通り見た後は、モアラが何やら熱心に冒険者についてコルウェットに聞いていた。武器や魔道具などの露店を見物しながら、冒険者の戦いや日常をコルウェットが語るのだ。
不思議なのは、その間俺に一切の話が振られなかったことか。いやまあ、身分としては天と地の差がある俺とモアラに、俺が大した冒険者ではなかったことを知っているコルウェット。わざわざ俺に話を振る理由もないか。
そんなわけで影に徹していた俺だった。
「ルード様、ルード様。どうでしょうこの髪飾り」
「あー……まあ、似合ってると思うぜ」
「薄い反応ねー。そんな態度じゃ、何年経ってもフィアンセなんてできないわよー」
「うっせーなー、コルウェット!」
まあ影に徹しきれたわけじゃないけど。冒険者の話は振られなかったが、時折こうして髪留めやネックレスや服を二人は見せつけてきては意見を聞いてくるのだ。
こういった女子の買い物に付き合わされるどころか、女性を褒めたことなどこの人生に一度もないレベルな俺に、その評価を下すのはあまりにもハードルの高い要求だ。
こういう時ばっかりは、歯の浮くようなセリフをつらつらと並べ立てられるブルドラが羨ましくなってくる。
……そういえばアイツ、スカイブルーザーの生き残りの――えーっと、確かアスベスだっけ? あの女の人と歩いてたのさっき見たんだよな。
めっちゃ腕組んでたしマジで何やってんだよアイツ。あーあ、あの感じ多分今夜は帰ってこないんだろうな。せっかく宿取ったってのに、金無駄にすんなよほんと。
「あの、ルード様」
「ん、どうしたモアラ」
「その……何か、わたくしが悪いことをしましたでしょうか? 先ほどから、あまりご機嫌がすぐれないようで」
「うっ……」
「確かにさっきから機嫌悪いわよね、あんた。なにかあったの?」
「あー……」
どうしよ、これ。なんて答えよう。
「別に何でもないよ。もし機嫌が悪いとしたら、さっそくブルドラが女作って歩いてたところを見たからじゃねぇかな? しかも、あのアスベスとかいうスカイブルーザーの生き残りの女の人を囲ってやがった」
「はぁ!? あいつやっぱ女の敵ね! 次会った時は燃やしてやろうかしら!」
悪いなブルドラ。お前には人身御供になってもらう。
どうにも俺は王族というモノが苦手らしいが、モアラが王族であることを秘密にしなければいけない手前、コルウェットに話すわけにはいかないし、そもそもモアラに対しても馬鹿正直に語る必要もない話だ。
本当にこれは、俺がソロモンバイブルズに意地でもしがみ付いてたのと同じ、極々私的な理由なのだから。私的な――トラウマなのだから。
「…………」
この時俺は気付いていなかった。
コルウェットと話しているときのような、少女然とした表情とはかけ離れた鋭い視線をモアラが俺へと送っていたことに。
そこにある意味を、俺はまだ気づくことができなかった。
過去が、迫っていることになど、気づいていなかった。
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