第28話 幻聴
「とうちゃーく!」
「ですわ!」
なんとも元気な若者二人の声を聞きつつ門をくぐれば、俺たち一行は街道沿いの街ヌディアへと到着した。
ここヌディアは貿易の中継地点として栄えた都市であり、長く続くアビルの砂漠を渡る前の下準備をする場として、多くの旅人が身を寄せる場所だ。
そのため、都市の規模としてはアビルの中でも上位に入るほどの大都市。その入り口で、まず俺たちはナズベリーとマリアを見送った。
「では、私たちは商業ギルドの方に今回の臨時依頼のことを話してきますので、あなた方は先に宿を取っていてください。それと、冒険者ギルドの方にも話は通しておきます」
「任せてください!」
「ああ、ありがとな」
「その代わり……ルード。モアラ様のことは頼みましたよ」
「うっ……ああ、わかってるよ。ちゃんと見張ってるし警護しとく」
昨日の夜に起きた出来事の処理を、彼女たちは一手に引き受けたのだ。そうして感謝する商人を連れて、二人は突発的に発生した依頼についての報酬などの取引をしにいった。
そして俺は――
「ルード様。わたくしは少し観光をしていきたいのですわ」
「あら、私も同意見ね。というわけでルード。ちょっと面見せなさいよ」
「面見せろって――ああ、もう! わかったよ! 好きなだけ好きなとこに連れてけよ!」
少女二人に連れられて、街の中へと引きずり込まれていくのだった。
ってかブルドラどこ行った!? あんだけコルウェットコルウェット騒いでおいて、街の入り口に来てからどこかに消えやがってよ!
◆◇
ヌディア中央広場には、アビルへと移動する行商人たちが、ついでとばかりに露店を営む露店通りがある。商業ギルドのギルドカードさえ持っていれば誰でも商いをすることができるため、多くの商人たちで露店通りは賑わっていた。
「見てくださいましコルウェット。この布は白の国産の生地を使っているらしいですわ」
「すごいわね、これ。どう見ても本物よ……確か、白の国の布は魔力伝導率が高くて、魔法使いたちには人気の品なのよね。かくいう私も、戦闘時には魔力効率を上げるための手袋をしてるのよ」
「ほほぅ、ソレは興味深い話ですね。わたくしは過去にそういった事柄とはあまりにも関わることがなかったもので……できれば、ファッションと利便性の兼ね合いを見た服飾についてのお話をしたいところですわ」
「いいわね、それ。どうせならどこか落ち着ける場所で語っておきたいところだわ」
そんな露店通りの一角にて、俺は少女二人の買い物に付き合っていた。
ファッション関係には疎い俺は、もちろん二人の様子を後ろで見ているばかりだ。本当に俺がいる必要があったのだろうか――なんて思ってしまうが、ナズベリーの手が空いていないのだから仕方がない。
今目の前で姦しく騒いでいる二人の少女。そのうち、特徴的な白髪を揺らす褐色肌の少女モアラは、この国――流砂の国アビルに連なる王族の一人なのだが、肝心のその素性を知る人間は現在、俺とナズベリーだけ。
スカイブルーザーの生き残りや、御者、ブルドラ、商人はもちろんのこと、マリアやコルウェットも彼女の素性については全く知らない。
だからこそ、ナズベリーがいない今、その素性を唯一知る俺が見張っていなければならないのだ。
しかし、なぜ俺たちにだけ素性を明かすのか。これに関しては、出来る限り自分が王族であることは隠したいのだとか。まあ、王族とは天上の人間だ。そうやすやすと市民がお目にかかれないように、市井に王族の姫が居るともなると要らぬ騒ぎが起きること間違いない。
そして、そんな彼女の目的は――なんて考えるが、俺たちは知らない。身分の差もあって問い詰めることなんてできなかった。
かくして、俺は大人しく行先もわからない彼女の護衛を引き受けることとなる。ただ、
『あなた方の目的地であるダマサクを超えてなお護衛が必要であれば、私が対応します。私の目的はあなたたちの監視ではありますが、真に彼女が帰郷をすることだけが目的であるならば、旅はそこで終わり。あとの仕事は、現役である私の務めです』
と、ナズベリーが言ってくれたので、あまり心配はしていない。
それに、肝心の目的地である貿易都市ダマサクも、ここまで来れば目と鼻の先。今日明日と過ごして街を発てば、数日と経たずに到着することができるだろう。
「あら、ルード様。何をちんたらと足踏みをしているのかしら。わたくしたちの興味は次なる場所へと移っているのですよ。ほら、足並みを揃えて付いてきてくださいまし」
「そうよそうよ、遅いわよルード! あんまり遅いと置いて行っちゃうわよ!」
「それは困るな、ちょっと待ってくれよ」
ああ、そうだ。ちょっと我慢すれば終わるんだ。だから――
『貴様ほどの役立たずを吾輩は見たことがない。盾としての価値すらも自らに見出すことができないのならば、疾くと死ぬがよい』
久しぶりに聞くこの幻聴も、早くに消えてくれることだろう。
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