第27話  正体


「つまり、助けたはいいけど肝心の護衛が戦える状態じゃないから、護衛を申し出たと」

「い、いや別に俺が申し出たわけじゃないんだけど……」

「交渉の席を作った、ということは少なくともこの野営地に招待した時点では、あなたが護衛の話を前向きに考えているという証明なのですよ?」

「あー? ま、まあそうなるのか。……すまん」

「いえ、別に責めているわけではないですよ。冒険者として未開拓地の安全確保はもちろんのこと、魔物被害にっている彼らを救助するのも義務の一環。あなたは冒険者として正しい行動をしたことは確かです。しかし、私が感心しないのは見張りとして立っていたはずのあなたが、鍛錬と称し持ち場を離れたのみならず、人助けと言って私たちへの報告の義務すら怠ってどこかへと行ってしまった事実に対してです。私やブルドラ、コルウェットならばまだしも、マリアや御者のサウスコットさんが夜に魔物に奇襲されれば、一息でその命が無くなるのを自覚してください」

「はい……はい……それは本当にもう、すいませんでした……」


 野営地に戻った俺は、とりあえず事の次第を説明した後にナズベリーにこってりと絞られることとなった。


 中立であることや義務を重んじる彼女だからこそ、間違いは公正公平に指摘する。そして今回俺が犯した間違いは、任された見張りの任をないがしろにしたことだった。


 確かに、人助けに行っている間に野営地が魔物に襲われていた、なんて話になったら悲惨が過ぎる。俺も、スカイブルーザーの奴らのことを馬鹿にすることはできない。


「とりあえず護衛に関しては問題ないわね。ちょうど私たちも次の街によるところではあったし、しっかりと報酬が出るのならひきうけていいわよ」

「はい。街に行けばしっかりと用意できますので。ただ、ここは街から近く、非常事態ということもあるので通常の報酬から六割ほど引いた金額にさせてほしいのですが」

「あそこの男の実力は見たのでしょう? はっきり言って積み荷のない馬車一つを護衛するにしても、過剰戦力よ。普通ならこんな話を受けないことを加味して、四割引きが適正ではなくて?」

「本来ならば救助の分を差し引いてしっかりとお出ししたいところではありますが、なにぶん商品を失ったばかりな手前、五割が限界であります」

「そう。なら五割でいいわ」


 そして、ナズベリーが俺を叱っている間にコルウェットが商人と護衛の交渉をしていた。おそらくは護衛をするにあたって出される報酬についての話し合いがされているのだろう。


 実際、商人としても冒険者としても、無料で雇った、或いは雇われたとなってしまえば評判に傷がつく。商人なら、護衛に金を渋るケチな商売人として、冒険者なら安く買える人間、っていう風にな。


 だからこそ適正価格を定め、そこから自分に利のある交渉をすることが大切なのだ。


 しかし――


「あいつ、なんかこっちのこと睨んでるな」


 たびたびコルウェットから送られる視線が少しきつい気がする。


「そりゃそうですよ、ルードさん。あなたの隣にいる少女を見れば、彼女の目も厳しくなりますって」

「いや厳しくって……ってか、どうしてお前はずっと俺の隣にいるんだよモアラ」

「自らの手でその実力を試した人間の傍に居るのが最も確実で安全な方法ですわ」


 自らの手で実力を試したって……さっきのボウガンか。


「そういやただの田舎娘が何でボウガンなんて持ってるんだよ」

「ああ、これですか。アスベスから引っ手繰らせていただきましたわ。まあ、彼女は仲間を失って戦えない状態でしたもので」


 アスベスって……ああ、スカイブルーザーの生き残りの女性の方か。どうやら、このボウガンは元々モアラの物ではないらしい。


 とはいえ――アスベスはもう、冒険者としてはやって行けそうにない様子。おそらくはスカイブルーザーの死んでしまった仲間のうちに、恋人でもいたのだろう。


 傷心となってしまった彼女は戦えない。そんな中、ボウガンを引っ手繰ってでもあの魔物に対抗しようとしたモアラは、随分と肝の据わった田舎娘と見受けられる。


 ……本当に田舎娘なのか?


「田舎娘ですわ」

「いや、別に疑ってないぞ。ほんと」


 まあ、追求する必要もなければ問い詰める必要もないことだし、気にしすぎる必要もない。

 たとえ彼女が只の田舎娘ではなかったとして、何がどう変わるというのだろうか。


 なんにしろ、次の街で別れる少女。今後関わることもない――


「あと、こちらは彼らとは別口の話なのですが……あなた方が次の街――ヌディアから先の街を目指して移動しているのだとしたら、その旅に同行させてほしいのですわ。ああ、もちろんお礼は致しますわ。証拠として、こちらを見せましょう」

「……まさか、とは思っていましたが、本当にそうだとは思いませんでしたよ……。モアラさん――いえ、モアラ様。貴方様が願いとなれば、お礼を受け取る方こそ無作法であると心得るのですが?」


 モアラの懐から取り出されたのは、箱に収められた首飾り。手のひらサイズに収められた箱が開けられてみれば、モアラを前にするナズベリーの態度が変わった。


 ――いや、変えざるを得なかった。


 流砂の国の西のオアシスに群生する樹の樹皮に、赤と紫の染色によって彩られた独特な模様。まばらにちりばめられたオレンジ色の宝石と、その真ん中で心臓のように輝く赤い宝石が特徴的なその首飾りは、かつての俺でも知っているとある象徴。


 それは、モアラが王家に連なる人間であることを示す証であった。


 ……俺の懐中時計と同じもの。


「しかし、モアラ様は護衛もつけずにどうしてこんなところに?」

「あー……そうですわね。本当はわたくしがここにいることは誰にも知られるわけにはいかなかったのですわ。しかし、先の魔物の襲撃を見て、考えが変わりましたの。優秀な冒険者を雇い、出来るだけ早く予定を済ませる。流石のお父様も、家でならばまだしも冥土までは叱りに来てはくれないでしょうから」

「ご賢明な判断です。ですが、護衛に付くとなれば、あなたの目的を聞かざるを得ません。いえ、出来るのならばこのままあなたを旧都へと送り届けなければなりません」

「そうですわね。そうなりますわよね。ですから、わたくしはあまりこれを使わずに、田舎娘と自分を称していましたの。ですので、あくまでもわたくしは同行者。ナズベリー様方の旅路に相乗りをする田舎娘として扱ってくださいまし――いえ、扱いなさい」

「……わかりました。とはいえ、私のこの喋りは生来のもの。気にしないでください」


 俺は口を挟まずにナズベリーとモアラの話を聞いていた。

 どうやら、何か訳アリらしいモアラは、流砂の国アビルが誇る王家の血が流れた王族であった。しかし、彼女としても譲れない目的があるらしく、王族が住む旧都に送り届けなければならないというナズベリーに抵抗するように、彼女は力強く否定の言葉を使っている。


 幼くとも彼女は王族。国内における権力は一冒険者のそれを超え、真一級のナズベリーと言えども簡単に反抗できるものではない。


 その目的が何かはわからないが――こうまでして強引に彼女が同行を願えば、俺たちに拒否権はない。


「わたくしの目的はただ一つだけ。しかし、その目的をお話するわけにいきません。ですので、これは極秘の依頼。あなた方を凄腕の冒険者と見込んでの、王族からの依頼となりますわ」


 随分と勝手な物言いだが、それを押しとおすことができるのが王族という人間だ。


 俺は、それをよく知っている。だからこそ――


「………………」


 俺は、彼女の出現を歓迎することができなかった。

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