第26話 冒険者の日常
大きく息を吐いて、肺いっぱいに息を吸う。
それが力を入れる下準備。意識的な肉体強化のスイッチを全開にまで上げて、遠方に見える馬車――その背中を追いかける飛行型の魔物を見た。
「まっすぐ行って――」
独り言ちる言葉を呟き、そして――
「――ふっとばすッ!!」
一息で俺は、数十メートルは離れていたであろう距離を駆け抜け、目に映る魔物の一体を吹き飛ばした。
「なに……ッ!?」
その時、荷台からクロスボウを構えていた若い女性と目が合ったが、とりあえず無視して。
「悪いが、こっから先は通行禁止だ」
ギャーギャーと騒ぎ立てるのは、鳥のような羽毛ではなく、
まあこの際、名前などどうでもいい。
生憎と寝起きで武器の持ち合わせがなかったものだから、俺は拳を使って魔物に襲い掛かる。いくら飛行型とはいえ、獲物を狙った低空飛行の状態ともなれば、ジャンプの一つで手が届く。
ついでに言えば、蹴りを使って上手いこと空飛ぶ魔物を足場にすれば、更に上に居る魔物にすら手が届いた。
そうしてこうして、五匹程度の魔物を叩き落したところで、残る群れはどこかへと飛んで逃げいていった。
「とりあえず、一仕事は終了だな」
そう言って一息ついた俺は、馬車の安否を確認するために振り返った。そうしてみれば、そこには――ってなんか飛んできた!?
「うわぁ!?」
思わず仰け反って回避した俺は、飛んできたそれがボルト――ボウガンに使われる矢であることに気づいた。
そして思い出す。先ほどの一幕で見た馬車の荷台に乗っていた少女が持っていたものが、クロスボウであったことを。
そして、矢のように鋭い声が続いて聞こえてきたのだった。
「ほほう、完全に虚を突いた矢すらも避けるとは……すばらしい反射神経ですわね。是非とも私の護衛になってくれないかしら!」
……おぉう。なんだこいつ。
◇◆
とにもかくにも飛行型の魔物の処理を済ませた俺は、一部を食料にでもしようかとはぎ取った後に土に埋めた。
それから、俺はようやく自分の隣について回る少女と、魔物に追いかけられていた馬車に向き直るのだった。
「本当に助けていただきありがとうございました。口ばかりの感謝ではございますが、何分逃げるために積み荷をいくつか放り投げてきたところで……」
「ああ、いやいいよ。感謝の品とか言って半端なものを貰ってもそれはそれで困るから」
「確かにそうですね。ああ、でも。できることならば次の街まで護衛についていただきたいのですが……」
「あー……済まんが、俺も連れがいるんだ。だから俺の一存でそういうことは決められない」
「そ、そうですか」
まず先に俺に話しかけてきたのは、おそらくはこの馬車の持ち主であろう商人だ。彼の後ろに目を向けてみれば、馬車の荷台が露になっている。よくよく見てみればさっきの魔物の攻撃を受けたのであろう傷が、馬車の荷台を覆う布を破っており、そこから中身が見えてしまっている。
おそらくは御者と思われる男性と、もう一人男が一人。そんな二人に慰められている女が一人、荷台には乗り込んでいた。
「しかし、どうしてこんな夜中に馬車を走らせてたんだ? 月明かりのおかげで明かりに困らないのは確かだが、夜行性の魔物が凶暴なのは知ってるだろ?」
「乗り合わせた……いえ、違いますわね。彼が雇った冒険者の方に問題があったのですわ」
「あー……っと、その前に、君の正体について訊いても?」
「あら、構いませんことよ」
さて、問題はこっちの少女。
アビル西方に伝わる民族特有の褐色肌をしたこの少女は、特徴的な白髪を揺らして先ほどから俺の隣にぴったりとくっ付いてこちらのことを観察していた。
そういえば、さっき護衛になってくれっていってたな。おそらくは馬車の護衛についてくれという話なんだろうけど――
「わたくしの名はモアラ。どこにでもいる田舎娘ですわ」
絶対違う。絶対に田舎娘なんてありふれた存在じゃないことは確かだ。しかし、そうではないとしたらいったい彼女は何なのか。答えは出ない。
少なくとも、立ち姿一つから漂う気品は、あからさまにどこかの令嬢といったオーラを漂わせている。
「……まあ、それでいいや。んで、雇った冒険者がどうしたらこんな状況になるんだよ」
「単純ですわ。かの商いが雇ったのは真三級パーティー『スカイブルーザー』。真級に昇級したばかりとはいえ、外聞では優秀な人材であったはずの彼らは、その外聞にこそ踊らされ、強行軍を採用。早い時間にたどり着いた
「つまり、その冒険者たちは……」
「魔物の腹の中、といったところですわね」
よく聞く話の一つだ。昇級試験を受ける前の真級パーティーは、その階級から次の階級に至るチケットを手に入れた高揚感から慢心して失敗する。
特に多いのが、『少し疲れてきた』という冒険者にとっての危険信号を無視した強行軍によって、疲労が蓄積され集中力の低下し、その影響で、普段は勝てるはずの魔物に下手を打って大けがをしてしまうなんて話だろう。
今回はそれの更に最悪なケースと言えるだろう。
「うぅ……アズアぁ……」
「仕方ねぇよ、あいつらはもう……」
となると、荷台で泣いている女性と、それを慰める彼はそのパーティーの生き残りということか。不幸中の幸いというには、失ったものは大きそうだ。真三級パーティー『スカイブルーザー』は、もう機能することは無いのだろう。
まあ、普通はこうだ。俺が生きて、コルウェットが生きていた。それは奇跡に類する事象なのだ。ありえないと言っていい現実なのだ。
だから、信じられないという喜びと共に、ありえないという疑いと共に、ナズベリーは友人が生きていたという嬉しさを押し殺して、俺のことを疑い続けているのだろう。
っていうか――
「本当に荷物何にもないんだな」
「流石に放り投げられない宝石以外は取り返しのつくものばかりでしたからね。あとで回収するにしても、事業はやり直し。商業ギルドへの借りも増えてしまいますが……まあ、命が資本。すべてを助けることはできませんでしたが、生存者がいるだけ喜ぶべきなのでしょう」
珍しい商人だ。生きようと足掻く奴は多くいるが、積み荷よりも人間を乗せて逃げ出すなんてな。
「ふふふっ、あなたもわかりますわね? このような善良な商人に私は助けられましたの。ですので、どうか護衛を頼みたいのですわ」
「いや、俺は別にいいんだけど……あー、まあ。とりあえず、あっちで俺たちは野営してるから、話はそっちに行ってからだ」
このままではなし崩し的に了承してしまいそうな気配を感じた俺は、いつの間にか起きていたコルウェットと未だ眠っていないナズベリーが待つ野営地を指さして、時間を稼いだ。
とはいえ、俺たちの実力ならば守るべき馬車が一つ増えたところで大した問題にはならないだろう。
ただ――
「そういえばお名前を聞いておりませんでしたわ。貴方、お名前はなんというんですの?」
「ルードだ。ルード・ヴィヒテン。パーティーには所属してないフリーの冒険者だよ」
「そうですか。ルード様。改めて、感謝をお伝えいたしますわ」
この少女が言う護衛の言葉には、馬車を守るだけでは済まないような気配がするんだよな。
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