第25話 夜半の密談
夜半。
少しだけ乾いた草原の広がる街道横で、ひょっこりと顔を出した岩場を野営地として一晩を過ごしていたナズベリーは、夜の見張りをルードと交代した。
ただし、眠りはしない。
端からルードのことを信用していなかったナズベリー。さすがに過剰かとも思ってはいるが、用心することに越したことはないと言い聞かせ、彼女は
何をするつもりなのだろうか。遠くなっていくルードの背中を見送って、彼女は用意していた水を一口飲む。そうすれば、彼女の隣に一人の人影が現れた。
「……どうしましたか、コルウェット?」
「ちょっと起きちゃったのよ。知ってるでしょ、冒険者ってのはぐっすり眠れない人間だってくらい」
その人影はコルウェット。月明かりの下に赤色の髪を揺らして現れた彼女は、ちょうど椅子代わりに使える岩場に腰を掛けていたナズベリーの隣に座った。
ルードが野営地から離れたタイミングで現れたコルウェットに、ナズベリーはまさか、と思う。彼が行動を起こした時に、彼を見張っていた私の気を引くために? ――なんて、思ってもみたが、よくよく思い出せば、生真面目な彼女は眠りが浅い
そう思ってからは、疑いの目も消えて、ナズベリーはすんなりとコルウェットの言葉に返答をする。
「そうですね。……まあ、例外はいるようですけど」
そう言ってじろりとにらむのは、大きめの岩場を背にして休息を取っている三人。一人は自分たちをここまで送ってきてくれた、ギルドに務めている
(おそらく、マリアが派遣されたのはブルドラに気に入られていたという背景が一番の要因でしょうね。ギルドとしては真一級のブルドラに嫌われることは避けたい。二つの意味でも。だからこそ、監視役という体でこの旅路に彼女を派遣して、ご機嫌取りに出たといったところでしょうか……まあ、私がさせませんけど)
改めてマリアを見たナズベリーは、彼女の派遣にギルドの思惑を感じ取った。おそらくはギルド長の差し金だろうマリアの派遣に在るのは、彼女を使いブルドラを御そうとする野心か、それとも怒り狂ったブルドラから身を守るための生贄か。
どちらにせよ、巻き込まれたマリアはたまったものではないだろう。そして、周囲のブルドラに対する評価には溜息すら出てしまう。
(ブルドラは期待に応えられる人材ではないというのに)
確かに、ブルドラは間違いなく真一級に相応しい実力者の一人だ。そのスキルの攻撃力には、ともすれば殲滅を得意とする『
しかし、その人格面には多大な問題を背負っているのも確かだ。
だからこそ、ナズベリーはブルドラを皆の期待に応えられる人間ではないと評価する。評価している。何しろ、人々が冒険者に求めるのは、未開拓地から持ち帰った財を、自分たちに
それが希少な鉱石だろうと、奇異なる魔物だろうと、未知なる土地であろうと――それを惜しげもなく自分たちに還元してくれる冒険者を、彼らは好む。
だからこそ、マリアの派遣はブルドラに対する先行投資の意味もあるのだろう。もしも功績を上げたならば、我らがギルドを
そんなもの、ブルドラには通じないのに。
「ねぇ、コルウェット」
「なに? ナズベリー」
「彼、何をしているのですか?」
さて、ブルドラについてはここまでにして。どうしようもないことを考えるのに嫌気がさしたナズベリーは、いったん思考を区切るために、隣に座るコルウェットへと話しかけた。
話題の肝は、見張りを任せたというのに、野営地から少し離れた場所で何かをしているルードである。
コルウェットやルードたちからは、洗いざらいの津々浦々をすべて話してもらったが、それがすべてなんてナズベリーは思っていなかった。だから、隠されたものを引き出す目的もあって、彼女はその話題をコルウェットへと振る。
「鍛錬よ。ダンジョンでも、毎日ああやって自己鍛錬をしてたわ、あいつ」
「なるほど……となると、もしや彼が突然強くなったのは……」
「十中八九、高濃度の瘴気地帯における魔力負荷トレーニングの影響でしょうね。なんたって、私たちは最深部まで落ちたのだもの」
瘴気、とはダンジョンの深部から発される、魔物を強化する濃度の高い魔力のことを指している。しかし、瘴気は魔物だけではなく人間をも強くすることでも知られており、密度の高い魔力――つまり、瘴気に満ち溢れたダンジョンの中で得た経験は、地上での訓練の何倍もの効果があるとされている。
ゴブリン一匹も倒せない新人が、一日ダンジョンに潜っただけでゴブリンの巣を焼き払ったというのも有名な話だ。
まあそれは突飛な話だとしても、高山トレーニングのように、高密度の魔力にされされ続けた肉体は、魔力許容量が著しく増加し、保有できる魔力が飛躍的の上昇する。それだけで肉体強化や魔法、或いはスキルの効果が底上げされるのだ。
だからこそ、ナズベリーは魔力負荷のトレーニングの恩恵だと、ルードの強さの秘密に納得した。
ただ――
「それだけだとは思えないのよねぇ……」
「というと?」
「彼、私が落ちてきたときから似たような強さだったのよ。そして私も、彼とは違うけど私なりの鍛錬をして強くなったつもりなのだけれど……今のルードどころか、半年前のルードにすら追いつける気がしないわ」
コルウェットは、ルードの強さの秘密がそれだけではないと考えていた。
効果の一切わからない未だ詳細不明のスキル。或いは、未だ判明していない〈王の器〉か〈玉座支配〉か――いや、そのスキル二つが解放されたのは半年前と聞くし、となるとあの意味の分からない〈簒奪者〉なるジョブが関係しているのか。
(……わからないのよねぇ、これがまったく)
ジョブとは、スキルチェックを受けた子供が教会で受ける、所謂進路希望のようなものだ。特定のジョブに付くことで、スキルを発現しやすくなるほか、ジョブによっては特定の――それこそ、ジョブのような効力を持つ物も存在する。
〈魔法使い〉を選べば魔法系のスキルを覚えやすくなり、魔法が使いやすくなる。〈剣士〉を選べば、剣技系のスキルを覚えやすくなり、近接戦闘をしやすくなる。
そうやって、自分の道を示していく称号こそがジョブなのだ。
だとしても――一切のスキルの獲得も見込めないルードのジョブに、いったいどんな意味があるのか。
コルウェットは全く分からなかった。
だからこそ彼女は――
「あの背中に追い付くために、ずっと見てなきゃならないのよねぇ……」
なんて、思わず口にしてしまった。
「……やはりコルウェットは、彼にほの字なのですか?」
「へっ? あー……ははー……ま、まあそうね」
友人の聡い観察力によって見抜かれてしまったコルウェットの恋心。それを指摘されてしまったコルウェットは、否定するわけでもなく、顔をリンゴのように真っ赤にさせながら、遠いどこかへと視線を逸らして苦笑いを浮かべた。
どうしてバレてるんだ、なんて思ったのかもしれない。
「まったく、いったいどんな心変わりがあればあなたがあの男のことを好きになるのでしょうか……」
「言えてる。まあ、きっと単純なことに気づいたからだと思うわよ。人間、そこに居てくれる人が一番安心できるって」
昔のルードを知っている身からすれば、昔のコルウェットの態度を知っている身からすれば、彼女がルードに惚れていることは驚天動地の天変地異ともいえる衝撃的な出来事だ。
ただ、クスクスと顔を赤らめて笑いながらルードを見る友人の姿を見れば、それが悪い恋なのではないことは一目瞭然。
彼女は見つけたのだろう。自分と同じ場所に立ってくれる人を。と、ナズベリーは思うことができた。
「ふふふ……これであなたを
「それを言うなら、惚れた男が悉く既婚者な年上好きとは比べて欲しくないものね。いったいいくつの失恋を乗り越えてきたのかしら?」
「うぅ……また痛いところを……」
はてさて、ナズベリーの過去に一体何があったのかはこの際措いておくとして、思いもよらない不意打ちを受けて苦しむナズベリーをにやにやとした顔で見ていたコルウェットは、遠くに見えるシルエットの存在に気づいた。
そして、そのシルエットの中にルードが混じっていることにも。
「……ねぇナズベリー」
「ど、どうしました……?」
「どうやら、ひと騒動起きたみたいよ」
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