第19話 疑わしいからって罰するのやめてくれますぅー?


「こんな話があります」


 ブルドラのスキルによって発されていた、周囲一帯を吹き飛ばしてしまいかねないほどにあやうい魔力の渦が消えた試験場。


 今際いまわの道が見えかけた観客席は静まり返り、静寂せいじゃくというにはあまりにも静かすぎる世界が訪れる。


 その中で、一人の女が声を上げた。


 その女こそが、ブルドラが発動しかけたスキルを阻止し、一つの事件を未然みぜんに防いだブルドラのかつてのパーティーメンバーの一人、『金鉱脈ハンド・オブ・ミダス』のナズベリー・バーバーヤガである。


 静まり返った空間で、まるで止まった時を中を歩くように、彼女だけが動き、声を発する。


 だからこそ、彼女の声は、この場に居る全員の耳へと届くのだ。


「神書ゴエティアに記されし最高難易度ダンジョンの五番目にあたる奸街かんがいアスモデウスでは、ダンジョン内のトラップにかかり行方不明になった人間の姿をす魔物がいると聞きます」


 自然界において擬態ぎたいというものは、あまりにもありふれた生存戦略の一つだ。天敵から姿を隠すのはもちろんのこと、獲物を仕留めるために、わざと餌のふりをしておびき寄せるような擬態も存在する。


 もちろん、それは魔物とて同じこと。人間に擬態する魔物の存在は、世間にはよく知られている常識だ。ただし、既存の人間に化ける魔物がいるという話は聞いたことがないが――ナズベリーが語る奸街は、世界に九つしかない最高難易度ダンジョンの一つだ。そんな魔物が居たとしてもおかしくはない。


 そして不幸なことに、この流砂の国アビルが王都コーサーの地下に広がる低国ヴィネもまた、奸街に並ぶ最高難易度ダンジョンであった。


「一年前。。本来、ダンジョン内の環境でサバイバルを行ったとして、一年間を通して生き残ることができる可能性は3%言われています。しかしながら悲しきかな、それは難易度の低い、低難度ダンジョンでの話。となると――」


 ここで彼女は、ほんの少しだけずれた片眼鏡の位置をおもむろに正した。空気を入れ替えるように、或いは自分の演説において一拍呼吸を整えるように。


 そして、言うのだ。


「あなたは、誰ですか?」


 その疑問は至極もっともなものだ。

 低国ヴィネは、現在も攻略途中の謎多きダンジョンの一つ。そんな場所で一年前に行方不明になった冒険者が、人智を超える力を手にして帰って来たとして、それを本人だと認めることが誰ができようか。


 少なくとも、もっとも最初にルードのことに気づいた冒険者は、彼に敵対する意思があるかどうかを確かめた。そして、彼が例え偽装だとしても敵対的ではないことに安堵し、そして自分の手に負える案件ではないとさじを投げた。


 ナズベリーは、そんな疑問を抱いた二人目の人間であり、そして現在最も低国ヴィネを攻略する三つのパーティのリーダーの一人として、低国ヴィネが持つ危険を排除する使命を持っていた。


 だからこそ、なればこそ。


 その信条の元に彼女は問を投げかけ、ルードは彼女の信条を知っているからこそ、嘘偽りなくその問いに答えるのだ。


「俺はルードだ。本当は隠すつもりだったし、この試験場に居るのも偽る為だったが、ここまで来てまで隠し立てする必要もないな。その通り、俺はあんたが知るルード・ヴィヒテンで間違いないよ。ただ、証拠と言えるものなんて何もない。というよりも、俺が俺である証明ができるほどに、あんたは俺を知らないと思うけど?」


 問題があるとすれば、ルードに言えることはただそれだけだということだ。


 無能として無用となったルードは、ソロモンバイブルズのメンバーにとってお荷物以上の何物でもなかった。戦うこと以外ができようとも、戦闘力ばかりが求められるダンジョン深層では、その命が存在するだけでもうとましい。


 この意見は、おそらくルードにべた惚れしている今のコルウェットでさえも、過去を振り返ればそう言うだろう。


 そんなメンバーの人間性を、生活を、過去を、誰が知りたいというのか?


「……確かにそうですね。知識を蒐集しゅうしゅうすることに無心になる私ですが、思えばあなたの情報を興味深いと編纂へんさんしたことは一度もなかったと思います」

「だろ? だからここで俺が何を言ったところで、それは悪魔の証明にしかならない。というわけで、これ以上の騒ぎにはしたくないんだけど――」


 これ以上の騒ぎにしたくない。


 それもこれも、なるべく早く、そして穏便に172層に戻りたいからであるのだが、理由はそれだけではない。


 もし自分の存在がバレたら――もし、自分が生きていることが知られたら、面倒くさいことになるとわかっているからだ。


 エルモルトがルードを殺してまでパーティーから追い出したのには――穏便にパーティーから追い出さなかったのには理由があるのと同じように、彼にも自分の名が、生きていることが広まることを憂う理由がある。


 それがもっともらしい理由を立てて、ルードの前に立ちはだかるのはもう少し先の話。


 だからこそ、これから語られるのは、今の話だ。


「となれば、私の行動は一つだけ。あなたがルードだと言うのならば、これから私が何をするかはわかりますね?」

「おーい、平和に会話しようぜ。ぴーすぴーすぴーすふる!」

「疑わしきは罰せよ。それが、中立に居座る私の宿命です」

「ちょっと! こっちの話聞いて!?」


 右手に装着された白手袋を外しそう語るのナズベリーは、明らかな魔力をほとばしらせてルードへと歩み寄る。


 かつて同じパーティーメンバーであったルードは、それが彼女の戦闘態勢であることを十分に理解していた。


 『迫撃王キング・オブ・モーター』よりも穏やかで、静かで――そして、悍ましく猟奇的。それが、『金鉱脈ハンド・オブ・ミダス』と呼ばれるナズベリー・バーバーヤガという女である。


 彼女が持つ天賦スキル〈金鉱脈ハンド・オブ・ミダス〉は、それこそ反則的な力を持つ。


 何しろ、防御不可能な最悪の攻撃なのだから――


「〈金鉱脈ハンド・オブ・ミダス〉」


 右手から迸る魔力が大地を侵食する。それはペンキを塗る様に地面を、岩場を、空間を金色へと染め上げる――


 これこそが彼女のスキル〈金鉱脈ハンド・オブ・ミダス〉の力。触れたものを、彼女が発した魔力が触れたものも含めて、黄金に変えていく恐るべきスキルである。


 それは強力な魔法を放つコルウェットの〈花炎姫エレガンスフラワー〉以上のスキルであり、それを十全に扱いこなす彼女は、間違いなく真一級の実力者と言える。


 そんな彼女が戦闘態勢を取ったこの状況を、最悪の展開と呼ばずしてなんと呼称するべきだろうか――


「あーもうっ! わかったわよ! ルードの奴が証拠を出せないってんなら私が正体を明かせばいいんでしょ! いいわよもう、ルードの素性がバレた時点で、平穏無事な旅路なんて期待してないんだから!」


 だからこそ、彼女は決断したのだ。

 この状況を――172層仕込みの高い身体能力を持つルードならば、ナズベリーの攻撃から逃げ切ることができるものの、逃げ切った先で進展のないこの展開をくつがえすために。


 自らの素性を隠し続けたその仮面を脱ぎ捨て、彼女はコトワ偽りの自分から、コルウェットとしてその場に現れた。


「あなたは……っ! まさか、ルードだけではなくコルウェットまでも生きていたとは……」

「久しぶりね、ナズベリー。地獄の底から戻って来たわよ。それで、私は何を証明すればいい? 第七月の下二日7月17日生まれってこと? 私が使う〈花騎士〉に自我があるかもしれないって相談した時のこと? それとも――お酒の席であなたの初恋の話を聞いてしまったことでも話せばいいかしら?」

「そ、それは!?」

「生憎と私はお酒飲めないからね~……ばぁ~っちり覚えてるわよ~……そう、隠し立てもしない七年前の第三月3月有月15日の日に、教会の裏手であなたは――」

「あー、ストップストオオップ!! わかりました! 納得します、あなたたちが本物であることは納得しますから! その話をするのはやめてください! 本当に! お願いします!」


 こうして、試験場にて繰り広げられた騒動の幕は下りたのだった――

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