第20話 公平公正な話し合い


「…………」

「…………」

「…………」


 ギルド登録試験の実技試験の会場で起きた騒動の終幕から数十分が経過した今、俺たちは冒険者ギルドの中に在る応接室にて、かつて同じパーティーメンバーだった四人として一堂に会していた。


 いや、一人だけ金の彫像になってるやつがいるんだけど……まあ、自業自得の結果だ。荒野に晒されることなく、ギルドまで運んできてやったことを感謝してほしい。


 さて、そんなわけでこの応接室だが、ひたすらの沈黙が場を支配していた。


 上座に座るのはナズベリー。一人用のソファに腰を掛ける彼女は、その喋り口調や融通の利かない性格のように、足を揃えてきっちりと背筋を伸ばした綺麗な座り方をしている。


 その向かいに机を挟んで座るのが俺とコルウェット。二人並んで三人用のソファに腰を掛けており、間にちょうど一人分の隙間が開いている状態だ。


 別段何か文句があるわけでもないが、この一人分の距離がそのまま、彼女が抱く俺との心の距離を示してるようでちょっと辛い。……もうちょっと近づこうかな?


 そして、肝心の金の彫像――もとい、危うく大量殺人鬼になりかけたブルドラだが、彼は俺たちの向かいに座るナズベリーの、更に後方の方に無造作に設置されている。


 久しぶりに見るナズベリーのスキルによって固められた人の像だが、相変わらずえぐい能力をしていると思わせられる出来上がりぶりだ。


 金の彫像だというのに、今にでも動き出しそうな生々しさを放ってそこに居座っているのだから。いや、実際に動き出そうとしたところを止められた人間の像なのだけれど。


「えっと、ところでナズベリー」

「どうしましたかコルウェット」

「その……彼、いつまで金の像のままにしておくつもり?」

「そうですねぇ……まあ、ほとぼりが冷めるまで、ですかね。少なくとも、ここで『金鉱脈』を解除すれば、視界に捉えたルードを相手に、攻撃を開始するでしょうし、それに試験場で放たれたような魔力がまたもや動き出せば、何も知らないコーサーの街の住人に迷惑が掛かります。なので、一日二日経った後に、離れた場所で解除しようとは思っています」

「ちなみに意識は……」

「知っての通り意識はありますよ。ただ、意識だけで生命活動は完全に停止して、生きている死体といった状態で何もできませんけどね」

「相変わらず悪趣味ね、あなたの力……」

「ええ、存じ上げていますよ」


 さて、応接室に入って数分。沈黙に耐えかねたコルウェットが口を開き、会話の種としたのはもちろん、この場にどんな人間がいようと真っ先に目についてしまう金の像の未来についてだった。


 というか、あの状態でも意識ってあるんだな。細胞が生きたまま金にされてるから、そこから死ぬことはないし、解除した時に元の生きていた状態に戻すことができるとは聞いているが――まさか、あの身動きが取れない状態で意識が残っているとはな。


 おそらく、眼も見えず耳も聞こえない闇の中で、ひたすらに身動きがとれぬまま、時間が過ぎ去っていくのを数えることしかできないのだろう。


 拷問かな? 拷問だな。


「……はぁ、駆け引きはここまでにしましょうか。というよりも、ここまであなた方が会話を切り出してこないとは思いませんでした」


 はてさて、俺がブルドラの現状に思いを馳せていれば、呆れた溜息を吐いたナズベリーが、文句の一つや二つでも言いだしそうな――いや、実際に文句を言いながら、会話を切り出してきた。


「いやいや、考えてみてほしいナズベリー。俺たちは尋問される側だろ? なら、順当に行けば、話を切り出すべきはそっちのはずだ」

「この場を尋問というところに、あなたの性格がよく出てますね、ルード。私の公正で公平な心理学によれば、自分が問い詰められる状況にある時に、それを尋問と取る人間には何か後ろめたいことがあると言うのが定石なのですが……果たして、これは正しいのでしょうか?」

「後ろめたいことも何も、話してないことが多すぎるんだよ。ついでに言えば、俺はお前らに見捨てられたときのことを覚えてる。覚えている以上、お前の姿に――ソロモンバイブルズのメンバーに、威圧感を感じたってしょうがないと思うんだが?」

「捨て……? いえ、ともかく。そういうには、コルウェットとは随分と親し気なようですが? 恋人というには距離は遠いかもしれませんが、ことコルウェットの友人と語るには距離が近すぎるような気もします」


 ガタリ。と、激しく足で机を揺らしたのはコルウェットだった。なにか驚くことでもあったのか、彼女は目を丸くして俺の方を見ている。気のせいか、ただでさえ一人分はある距離をさらに広げられた気もする。


 気のせいだと思っておこう。うん。


「し、親し気ってねぇ、ナズベリー……」

「というよりも、あなたが彼と同じ椅子に座っていること自体が、私としては疑問でしかありません。コルウェット。私の公正で公平な記憶で思い出す限り、あなたは随分とルードのことを嫌っていたと思うのですが?」

「あぁ……まあ、色々とあったのよ。色々とね」

「さようですか」

「そして、この場はその色々をすり合わせていく場でしょ?」

「さようですね」


 申し訳なさそうに、かつて確かに存在した過去を振り返るコルウェットを見れば、彼女の中での俺の評価が昔とは違うことは明らかだ。


 この変化が――172層での出来事が、彼女の未来を良い方向へと導いてくれたのならば、嬉しい限りだが――まあ、それはいま語るべきことではないか。


「ならこうした方がいいか。俺たちがここに来る過程を語る。それに対して、ナズベリーが疑問を挟むって進め方はどうだ?」

「そうですね。いったんそちら側の言い分を聞かなければ、私としても疑問を生じる余地を持ちかねます」

「わかったじゃあ、まずは俺からだな――」


 さて、ここでの会話は省かせてもらう。

 というのも、思ったよりも彼女からの追求が少なかったからだ。


 だからこそ、俺は流暢りゅうちょうに――時にはコルウェットにパスを添えながら、一年前の落下から今に至るまでのあらましをに語った。


 ただし、伏せていることもある。


 俺が理から外れているということ。ヴィネとバラムという悪魔の存在。そして、俺たちがまたダンジョンに戻ろうとしていること。


 この三つは伏せている。というよりも、話してしまえばややこしくなると思ってる。


 なにせ、前二つは未だそれが何なのかを俺たち自身が説明することは難しいし、そしてその二つを説明できないとなれば、俺たちがダンジョンに戻る理由も説明ができなくなってしまう。


 ただ、俺がダンジョンを攻略したことだけは伝えた。というよりも、伝えざるを負えなかった。


 なにしろ、半年前の――コルウェットが引き起こした一連の騒ぎは、13層を通じて地上にも伝わっていたらしいからだ。


「低国ヴィネの怒り、とも言われた現象がありましてね。半年前、13層以下から見える全貌に著しい変化が起きるほどの地震が立て続けに起こった件。私の考えでは、あなたが引き起こしたことだと予想できるのですが――まあ、ブルドラとの戦いを見て、この予想は確信に変わりましたね」


 とまあ、鋭いことを言われてしまったのだ。低国ヴィネの怒り――というのは、考えるまでもなくダンジョンボスの獅子面や、バラムと俺の戦闘の影響だろう。


 隠し立てする理由もなければ、ここで隠せば余計にさっきの――俺を拘束する話を蒸し返してしまいかねないので、正直に話すことにした。


 というよりも、コルウェットがナズベリーのことを信用しているのが一番の理由だな。俺はコルウェットやゲル、リム『包括者』以外とはあんまりかかわってこなかったから……というか、あっちから関わってこない限り、こっちも関わらないスタンスを取っていたから、生憎とナズベリーのことをあんまり知らないんだよな。


 ただ――


「まさか、今しがた私たちが必死になって攻略している場所が、すでに半年までに攻略済みになっていたとは――ちょっとくるものがありますね」

「まあ、俺がやったのは裏技もいいところだからな。それに、ダンジョンが壊れていないってことは、完全に攻略されたってわけじゃない。そっちが歩んできた半年間だって、まるっきり無駄ってわけじゃない」

「知ったような口をきくんですね。いえ、実際知っているのでしょう。ダンジョンが攻略された手前、崩壊していないということは――おおよそ、あなたが新たなる主にでもなったんじゃないですか?」

「……」

「冗談のつもりだったんですけど」

「ナズベリーって、昔からこういう勘ばかりはいいのよね」

「だからって、疑わしきは罰せよで、金の彫像にされるのはごめんなんだけど?」


 俺たちの話を忌憚きたんなく聞くことができる彼女は、少なくともそこの金ぴかになっちまった女好きよりも信用はできそうだ。

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