第18話 上から参ります


「うそ……でしょ……?」


 その様子を見ていた少女は――受付嬢のマリアは、今しがた起きた信じがたい光景を見て、あんぐりと口を開けていた。


 あのルードが――ソロモンバイブルズに所属していながら、四級の実力を持っているかすら怪しい、はっきり言って実力不足だったルードが、かつてのパーティーメンバーを、冒険者の中でも怪物と言われる真一級の実力者を、片腕一本で数メートル上空へと吹き飛ばしたのだから。


 この光景の――引いてルードがブルドラに目を付けられるきっかけを作ってしまった彼女は、既に決まってしまった試験の件をどうすることもできず、せめてブルドラに打ちのめされてしまうであろうルードの手当ぐらいはしようと、その時に迂闊な自分の行動を謝ろうと、仕事を抜け出して彼女はこの場に来ていた。


 だというのに、そこで起こった光景は、彼女の想像を裏切って、ルードが完膚なきまでにブルドラを打ちのめしていたのだ。


 これを驚かずして、なにに驚愕しろというのか。もしこの光景を想像できていたのならば、その人間に預言者の称号を与えたいぐらいだ。


 さて、どこかで雨裂貴うさぎのお面を付けた少女のくしゃみが聞こえたかもしれないが、それどころではないマリアは、上空へと打ち上げられたブルドラが地面に落ちたところで、彼女は無意識にルードの方へと走っていた。


 行方不明だった一年の間に、彼に何があったのかを確かめるために。


 ただ――


「……おい! さすがにそれはダメだろ!」


 突如として声を上げたルードのその言葉に、その動きは止まってしまい。いや、それよりも――そんなことよりも、動きを停めなければならない理由があった。


「認めない……こんな結果は、認めなぃ……!!」


 地面に倒れ伏したブルドラが、憎しみにも似た皺を顔に深く刻んで、ルードを睨んでいたから。そして、その体にありえないほどの――それこそ、完全なる戦闘態勢とはっきりとわかるほどの魔力を纏っていたからだ。


 誰から見ても明らかなその姿は、二級以上の――ブルドラの戦いを間近で見たことがある人間ならだれでもわかる予兆だった。


 それは、彼がスキルを発動する予兆だった。


「逃げろッ!」


 その声を誰が上げたのかはわからない。そして、その警告はあまりにも遅かった。


「〈迫撃キング・オブ・モー――」

「クソ! せめて――!!」


 自分の近くにマリアが近づいてきていたことに気づいていたルードは、せめて彼女だけでもとその手を伸ばす。


 届け、間に合え。


「チィ……〈花騎エレガンス――」


 それはコルウェットも同じ――いや、かつて同じ戦場で、ルードよりももっと近い場所で肩を並べて戦ったことがある彼女だからこそ、よりその危険性を理解していた。


 あれをここで発動されてしまえば、ここら一帯が焼け野原になってしまうかもしれない、と。だからこそ、彼女もまた花騎士を召喚する構えを取った。


 自分が花騎士を操る『花炎姫』であることがバレるかもしれないなんて考えない。それほどまでに、この窮地を彼女は深刻視している。


 そして、その瞬間は――


「――ダメですよ、ブルドラ。それは、流石に」


 その瞬間は、訪れなかった。


 ブルドラの異変に逃げ出そうとする観客席。その間から差し込まれた言葉と共に押し寄せてきたのは、文字通りの。荒野の岩石地帯であったはずの試験場を金色に染めていくそれは、ブルドラの体に到達し、その肉体を金へと変えていく。


 そしてブルドラの全身がカチコチに固まった後に、それを成した――この場に居る全員を救った女は姿を現した。


「まったく、相変わらず単純な男はこれだから……。あなたの自爆じばくがここで起きたら、コーサーの方にも被害が出ることをしっかりと考えてほしいものですよ。まあ、そうなってしまったら金の像になってしまったらもう、聞こえてはいないのでしょうけど」


 片眼鏡を掛けた凛としたその女性を、この場に居るほとんどの人間が知っていた。それこそ、全員と言ってもいいほどには、彼女の名は知れ渡っていた。


 何しろ、彼女こそそこで金色に固まっているブルドラのかつての同僚にして、現在のライバルでもあるのだから――


「さて、一つ疑問をていしましょう。なぜここにルードが――もとい、なぜ死人がいるのでしょうか。いざとなれば、私はもう一度この右手を使わなければいけません」


 彼女こそソロモンバイブルズが誇る前衛三人衆が一人。

 『金鉱脈ハンド・オブ・ミダス』ナズベリー・バーバーヤガである。

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