第17話 殺してしまった男


 流砂の国アビル王都コーサーの郊外。

 荒野の岩石地帯にて、荒涼こうりょうとした砂漠よりも乾いた空気が蔓延まんえんしていた。


 その原因は、本日行われるギルド登録試験の試験場にて。最前線をく伝説のパーティー『ソロモンバイブルズ』の残党。『迫撃王キング・オブ・モーター』ブルドラ・ブーブルー。冒険者でも最高峰の真一級に座す彼の一撃を、頭で受け止めただけにとどまらず、あろうことかそのままはじき返した受験者がいたからだ。


 その男の名はルード。


 彼の名が、かつてソロモンバイブルズに所属していた唯一の無名の冒険者と同じことに気づいた人間が、この場にどれほどいることか。


 そもそも、肝心の同じパーティーメンバーであったはずのブルドラが気づいていないので、その数は限りなく少ないのかもしれない。


 ただ、少なくとも――


「ふ、ふざけるなぁ!!」


 冒険者ルードの名は、この日コーサーの冒険者たちの記憶に深く刻まれることになる。


 振りかぶられる拳。それを振るったのはブルドラであり、その向ける先は当然の如くルードだ。おそらくは先ほどのルードのヘッドバットによって痛めてしまったであろう利き腕ではなく、反対の腕でがむしゃらに攻撃するその姿を見て、誰も彼を真一級の冒険者とは思わないだろう。


「ふざけてねぇよ!」


 そして、またもやその拳ははじき返されることになる。今度はヘッドバットではない、真正面からの拳同士のぶつかり合いで。


 既にブルドラは意識的な肉体強化を使っており、その身体能力は平時の数倍に膨れ上がっているはずなのに、ルードはそれを平然と退けたのである。


(なんっで……なんでこんな奴が、俺の拳をはじき返してるんだよ!!)

「――なーんて、思ってるんでしょうねぇ」


 その様子を野次馬に混ざって見ていたコルウェットは、正しくブルドラの考えを見抜き言い当てた。


 いや、それは別にコルウェットでなくともわかることか。


 脂汗とも冷や汗ともわからない汗を、脱水症状寸前まで滝のように流し、必死の形相でルードを睨むブルドラを見て、そうでないと言える人間の方が少ないだろう。


「っというか、なんかルード怒ってないかしら? 珍しいわね、私にあれだけ馬鹿にされても怒らなかったルードが怒るとか。……ああ、ちょっと黒歴史だわ」


 それからルードへと視線を向けたコルウェットは、彼が普通にキレていることに何となく気づいた。どうしてわかったのか、と聞かれれば、語気に力が入りすぎてるとか、ちょっとだけ眉が吊り上がってるとか、そんな細かすぎる特徴を彼女はあげるだろう。


 そのため、ルードが怒っていることに気づいたのは、この場ではコルウェットしかいなかった。


 そういえば、バラムもルードに怒られたって言ってたけど、私とバラムで何か違うことがあるのかしら? なんて、ルードの怒りのスイッチを考えるコルウェットは、ほんの少しだけそうであってほしいと願う答えにたどり着いた。


 彼は、誰かのために怒る人だという答えに。


 コルウェットはルードの〈重傷止まり〉のことを知っている。そしてそれをルードから教えられたとき、初めに思ったのは――それは、自己犠牲のスキルだということだ。


 いくらでも死ねるということは、いくらでも死ぬようなことができるということ。そして、172層の訓練の成果かはわからないが、彼は自分の死に――自己犠牲に、躊躇いが無くなっていることに、彼女は気付いていた。


 だから、バラムのことも許したのだろう。だから、コルウェットのことも許したんだろう。


 自分が何かをこうむる分には、彼は許してしまうのだろう。普通だったら許せないようなことも、許せてしまうのだろう。


 なんとなく、彼がそうなってしまった理由がコルウェットにはわかるのだ。わかってしまうのだ。


 あの172層の中心で、彼は教えてくれたから。コルウェット自身と同じく、天賦スキルという才を持ち、親のために自分を殺した人間にしか吐き出すことのできない言葉をもってして、彼は教えてくれたから。


 自分という人間を殺した殺人鬼が至った先が、あの自己犠牲の成れの果てだとしたのならば。自分のために怒れないのだとしたら。それは何と悲しいことだろうか。


 それでも、彼は怒ることができるのだ。誰かのために、力になろうと怒ることができるのだ。


 だからこそ、なればこそ――


「思いっきりやっちゃいなさい、ルード」


 仮面の奥底で、誰かのために怒ることのできる男の活躍に微笑みながら、彼女は照れ隠しで声を潜めて、静かな声援を送った。


 頑張れと。口にこそ出さなかったが――だからこそ、私はあなたに惚れてしまったのだと、そんな思い込めて。


 その声が届いたのかはわからない。わからないが――


「二発も貰ったお返しに、俺から記念品贈呈ぞうていだ。ありがたく受け取ってくれよな、ブルドラァ!!」

「ふ、ふざっ――あぁあああ!!!」


 思いっきり。それはもう、あふれんばかりの気合のこもった叫び声をあげてまで思いっきり、ルードの拳はブルドラを打ち据えた。


 

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