第16話 明くる日を見て上から見下ろす


「もちろん、君の相手は俺だぁ」

「お手柔らかに頼むよ」


 さっそく、というか当然、というか。あんまりにあんまりな試験内容に呆けていた俺の前に、ブルドラはそう言って現れた。


 まったくもって逃げ場のない、素晴らしいお立ち台だことで。


「ああ、もちろん俺は武器を使わないよぉ。もちろんスキルもねぇ。本場の『迫撃王』の姿が見たかったなら悪いことをしたねぇ……」


 どの口が言うのか。お前が今からやろうとしていることは公開処刑と変らないってのに、なんつー言いぐさだよ。


「……ルールは?」

「降参あり。参ったといえばそこで終わり。その間にどれだけ俺に認められるかぁ……」

「参ったと言えない状況になったらどうするんだよ、それ」

「その時はその時さぁ。大丈夫。喋れなくするなんて、そんなことはしないから」


 確かに、喋れなくするようだったら俺からコルウェットについて訊きだせないしな。ってか、俺の後ろの方にコルウェット居るんだけど……これが魔道具の認識阻害の力か。


「こういうことを言うのはおかしな話だけど……いや、言わないほうがいいんだろうけど」

「……?」

「昔とは一味違うぞ、俺は」

「ふぅん? 昔? まあいい。それじゃあ――」


 俺の宣言に首傾げるブルドラは、おそらくは俺の言っている言葉の意味が分からないのだろう調子で、奴は言葉を続ける。


 本当に、そして絶望的に俺のことを記憶していないらしい。


 ただし、俺がブルドラのそんな反応に何か言葉を返すこともなければ、そんな暇もなくそれ始まった。それは告げられた。


「試験開始、だ――」


 その瞬間、突如として俺に襲い掛かって来た殺気に反応するように、俺の見ていた世界の速度が緩やかに落ちていく――


 わかるのだ。わかってしまったのだ。例え奴が武器を使っておらずとも、例え奴がスキルを使っておらずとも、この男は確実に俺を殺しに来ている、と。


 どうしてか。なぜそんなことをするのか。この男は、俺がかつてのパーティーメンバーであることを知らない、初対面であるはずなのに――


 いや、そんなこと決まっているか。


「女のためにそこまでするのか」


 恐ろしいほどに冷徹で、驚くほど冷ややかな声が俺から出て来た。


 ソロモンバイブルズに所属するメンバーは癖の強い奴が多かった。誰かを馬鹿にすることが趣味の奴も居れば、焦るがままに前を見続ける奴も、何を考えているのかわからない奴も、四角四面な奴も様々だ。


 そしてこいつもその一人。ただひたすらに女好きで、モテるから冒険者を始めたという男。


 そんな男は今、おそらくはその昔に自分が目を付けていた女が居なくなってしまった怒りを思い出して、その怒りをそのまま俺にぶつけようとしているのだろう。


 こいつがそういう男だということを、俺はよく知っている。よくよく、嫌なぐらいによく知っている。


 コルウェットの話が聞こえて来たからという理由だけで、受付に飛び乗るなんて非常識な行動をした挙句、俺に難癖をつけて絡んできた男だ。そうであっても不思議じゃない。そうだったとしても不自然じゃない。


 それが、俺の知るブルドラという男だ。


 単純で単調で短絡で単細胞。それが、ブルドラ・ブーブルーという男なのだ。


 あの時のギルド長の顔を見ればわかる。そうやってガキ大将のようなことを、ソロモンバイブルズという檻が無くなってから何度も続けてきたのだろう。


 たとえ初対面の知らない冒険者に怒りの矛先を向けて、感情任せの勢いで大けがを負わせてしまっても、問題なかったのだろう。


 そういう傲慢を続けて来た男だということがわかって、そういう傲慢を押しとおしてきた男だとわかって、そういう傲慢が許され続けた男だとわかって、俺は――


「ちょっと、許せねぇよな」


 普通にキレた。


「っ!?」


 殺気のままに俺に振るわれたブルドラの拳。もしも俺が真に五級の実力しか持たない受験者だったのならば、その一撃を受けてしまえば全身の骨を砕きながら空を舞い、三回転半の捻りを加えて頭から地面に落ちて、運がよくなければ生存とは言えないような状況になっていたのは間違いなしだ。


 いやまあ、奇跡も通じず一撃でミンチにしてくるような攻撃を放つ172層の魔物と比べれば全然ましなんだけどさ。


 そして、172層の魔物と比べて全然ましということは――


「すまんな、ブルドラ。恥かいてもらうぞ」


 今の今まで、〈重傷止まり〉ありきでその魔物たちと死闘を繰り広げてきた俺からすれば、力不足もいいところだということだ。


 向かってきた拳を――寸分違わず俺の顔面に狙いを付けて来たその拳を、俺はヘッドバットで迎え撃つ。


 それだけでブルドラの拳は進行方向を後ろへと変えて弾き飛ばされてしまった。


 驚愕のあまりに目を丸くするブルドラは、思わずといった様子で後ろへと飛び、いたわる様にに今しがた俺へと向けた右こぶしを擦る。


 その背後では、先ほどまでブルドラと俺のにらみ合いを肴にして酒を飲んでいた連中が押し黙った。


 静まり返った試験場の中で、遠近法によって小さくなったブルドラの姿を見て、見下して、俺は言った。


「ブルドラ。これじゃあ、試験の合格には不十分か?」

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