第13話 相まみえるあいつは迫撃王

 服の下からでもわかるほど鍛えられた筋肉をそのままに、ご自慢の金髪を揺らして俺の前に現れた男。


 彼の名は『迫撃王キング・オブ・モーター』ブルドラ・ブーブルー。


 かつてソロモンバイブルズに所属していた冒険者であり、ソロモンバイブルズの前衛を務めた三人衆の一角だ。


 そんな男が、マリアと話していた俺を威圧するように机の上に飛び乗り、こちらの顔を覗きこんできた。


「ちょっと話聞かせてくれよぉ」


 はてさて、こいつは果たして俺の顔を覚えているのだろうか。いやいやまさか、同じパーティーとして活動していた元仲間の顔を覚えていないなんてことは――まあ、この男に限ってはあり得るか。


 なんたってこいつは――


「ブルドラさん! 騒ぎを起こすのならばギルドから出て行ってもらうと何度言えばわかるんですか!?」

「いやいやマリアちゃんよぉ、そんなしかめっ面をしちゃあ、いつもの可愛い顔が台無しだぜぇ……それに、俺は元ソロモンバイブルズのメンバーで、現一級冒険者パーティ『フールブール』のリーダー、ブルドラ・ブーブルーだ。この机上にならんだ魔道具やら筆記用具の束程度、剣の一振りで弁償できるってもんだぁ……。ただ、そんな俺でも寂しい夜があるってもんだからさぁ――」

「ギルド長を呼んできますね」

「あぁ! まってくれマリアちゃん!」


 なんたってこいつは、無類の女好きだからだ。

 抱いた女の数は百を超えるだとか、千にも上るだとか。そんなことを吹聴ふいちょうしては、いつも女の尻を追いかけている。


 そんなこともあって男の顔は、基本的に覚えない。むしろ女の顔も、胸や尻ばっかり見てるから覚えるのが遅いとか。


 マジでなんだこいつ。


「女に好かれるために大事なのは、やめろと言われたことをすぐやめることだぞブルドラ」

「はっはーん。さては君は知らないな? 女の子ってのは引くばかりじゃなびかないもんなんだよぅ。押し引きこそが恋愛の真髄。そしてその先にこそ道楽を超えた神秘的な世界が広がってるのさぁ!」


 いやほんとまじでなんだこいつ。


 押し引きとかそういうのはともかくとしても、さっきのマリアの表情忘れてるのか? すっごい汚物見るような眼してたぞ、あれ。


 いやまあ、ギルド長を呼びに行くまでの対応が随分と慣れた様子だったし、いつもの光景だから今更気にしないんだろうけど……。


「それでぇ?」

「……なにが、それで、なんだ?」

「いやいや、さっき俺訊いたじゃん。可愛い可愛い俺の姫様が生きてたなんて冗談を言って、どういうつもりなのかなぁって」


 ……やっぱり聞かれてたか。


 流石は無類の女好き。女の話題に関しては地獄耳か。


 しかし、どうしようか。コルウェットの生存は、話題性抜群の着火剤だ。語ってしまえば最後、地上に来た目的を果たすのが難しくなるのは間違いなしだ。


 俺たちの目的は塩を買うこと。その前にコルウェットの目的を果たし、できればの目標として教会で俺のスキルの謎に迫ることがある。この三つだ。


 しかし、コルウェットの素性がバレたとなれば、一つ目はともかくとしても、コルウェットの目的を果たすことは難しくなる。というか、限りなく困難になる。


 いや、俺としては別段、彼女が生きていたことが判明し、低国ヴィネの生還者として丁重に扱われ、元居た居場所に戻れるのならそれでいいと思っているのだが。当の彼女が素性を隠して、穏便に目的を達成した後に、172層に戻りたいと言ったのなら話は別か。


「まずその姫ってのが誰かを教えてほしいんだけど」

「あぁん? まさか君ぃ、ソロモンバイブルズの名前を知らないわけじゃないだろうなぁ?」


 いや知ってるも何も元メンバーだよ俺。お前が魔物に腹貫かれたときの応急処置、いったい誰がしてやったと思ってるんだよ。


 まあ、あの時は俺が応急処置をしてたら、突如として現れたコユキの回復魔法にすべてを持ってかれたんだけどさ。


「知らない。生憎と俺はこの街に来たばかりだからな。そのソロモンバイブルズがどれほど有名なパーティーだったのだとしても、そのメンバーの渾名にまで精通しているわけないだろ」

「ふぅん、そうか。喋らないなら喋らないでいいや。俺、男の話は聞かないタイプだからぁ」


 じゃあなんで問いかけて来たんだよ! なんて言葉は喉の奥にしまい込んで。俺はさっさとこの面倒くさい状況から逃げ出そうと、机上のギルドカード登録申請書を持っ――


「じゃあこうしよう」


 逃げようとした俺の手から申請書は消え、いつの間にかブルドラの手に渡っていた。それをしげしげと眺めながら、彼は言うのだった。


「今回のギルド登録試験の実技は俺が担当しよぅ! そこで君が受かればぁ、君は何も知らないということにしてあげるよぉ。いいでしょ、ギルド長?」

「………………」


 見計らったかのように、彼は受付の奥の方でこちらのことを見ていたギルド長へとそう言った。


「『迫撃王』。冒険者ギルドのギルド登録試験は、冒険者ギルドの準三級から準二級が請け負うのが通例だ」

「いやいやいやいやぁ。ギルド長が呼んだ通り、俺は巷で噂の『迫撃王』。真一級の冒険者が、準三級如きがこなせるものをこなせないわけないだろぅ? それに、俺がやるとなれば納得せざるを終えないんじゃないかぃ?」

「…………わかった、好きにしろ」


 説き伏せられてしまったギルド長は、諦めたように彼の望む通りに、ギルド登録試験の試験官という座を彼にゆずった。


「君は運がいぃ。毎月恒例のギルド登録試験は明日開催だから、遅刻せずに来るんだよぉ」


 試験官のバッジを受け取ったブルドラは、そのバッジを胸に付けて、俺にそう言ってからギルドの奥――おそらくは、マリアとの会話に介入する前にいたであろう席の方へと歩いて行った。


「……えぇ?」


 ざわざわひそひそ。俺とブルドラのやり取りについての噂が飛び交い、喧騒を増したギルドの中で、俺は頭を抱えた。


 おいそこォ! ブルドラが男もいける口とか、冗談でも言うんじゃねぇよ!

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