第12話 息を吸って言葉を吐き出す

「え、もしかして……ルードさん?」

「そうだよ。元ソロモンバイブルズのルード・ヴィヒテン。あ、生きてたってことは隠しといてくれないか?」


 わかりやすい身分を証明しつつ、俺は受付に立つマリアへと話しかけた。


「生きてたんです――はぷっ!?」

「ちょ、騒がないでって! ……あー、っと。改めて言うけど、俺は死人だ。死人ってことにしといてくれ。その方が都合がいいんだよ」


 俺の生存を聞いて驚きの声を上げそうになったマリアの口を急いで塞いだ俺は、ちらちらと周囲の様子を確認してから、改めてそう言った。


 幸い、人の少ない昼過ぎということもあって、こちらの騒ぎに周囲が気付いている様子はない。というか、何やら騒がしい集団がいてくれたおかげで、マリアの声をかき消してくれたらしい。


 あ、いや、さっきの眼帯の冒険者がこっち見てやがる。なにてへぺろって顔してんだ、見るなら金払え。


「もぐ、もごもご――」

「あ、ああすまん」

「ぷっはー! ……わ、わかりました。死人……とはいきませんが、そう納得してはおきます」

「話が早くて助かるよ」


 彼女とて受付嬢。

 未開の地を開拓する冒険者に求められるものは、その人間の過去じゃなくて、どんな状況でも戦える力だ。だからこそ、すねに傷を持つ冒険者もたくさんいる。


 そんな彼らの地雷を踏み抜かないために、深く詮索せんさくしないのは、受付嬢としてやっていくうえで大切な技能なのだとかなんとか。前にマリアが語っていた気がする。


 別に俺の脛に傷はないが、触れてほしくないものを抱える立場になってみれば、なるほど確かに、こうして詮索しないというのも、必要な技能なのだと理解できる。


 触らぬ神にたたりなしというやつか。


「それで、どうしてここに?」

「いや一応、活動してた時に世話になったし、挨拶ぐらいはしておこうかなって思ってな。ダンジョンの素材の換金ついでにな」

「はぁ、そうですか。それはいいんですけど、自分が生きていることを隠すのならば、知り合いに生存報告をすることはかなり危険だと思うんですけど……」

「返す言葉もねぇな」


 そりゃそうだ。生きてることを隠したいってのに、知り合いに生存報告をしてどうする。


 まさか、俺のような無能でも心配してくれる人がいるんだって思いたいのか俺は。……いやまあ、実際マリアは心配してくれてた人だしな。


「いえ、別に責めるつもりはありませんよ。むしろ、生きててよかったと思ってます。ここに立っていると、顔見知りの死にざまばかりを耳にしますので」

「そうか。ま、そうだよな。誰だって、名前の知らない誰かだろうと、死にざまを見るのも聞くのもは堪えるもんだ」


 だから、俺も38層の道中でアダマントグレムリンを助けたんだ。冒険者という職業は夢もあるが、危険と隣り合わせの限りなくハイリスクなものだから。


「あ、そうだ」

「どうした?」

「どうせなら新しく冒険者の登録します? 死んだことにしたいなら、以前の冒険者のギルドカードは使わないほうがいいですけど、ギルドカードは何かと持っておいた方が便利ですから」

「た、確かにそうだな」


 ギルドカードとは、身分証明書のようなものだ。自分がどのギルドに所属する人間であるか、ということを保証してくれるもので、世界中の未開拓地にまで手を伸ばす冒険者ギルドのカードともなれば、自然と世界中のどこでも使える身分証明書として機能してくれるものになる。


 もちろん、冒険者ギルドに所属するとなればそれなりの規則に縛られるが、その分の利益もあるわけで、登録しない手はないだろう。


「というか、先ほどの見たこともない水晶の素材ってルードさんが持ってきたものだったりします?」

「あ、ああ。一応な」

「ギルドカードは?」

「使ってない」

「もったいないですよ、ほんと! ギルドカードが無ければ、鑑定代と仲介料が馬鹿にならないんですからね! ものによっては素材の値段の五割持ってかれたりするんですよ! 半分ですよ! は ん ぶ ん!」

「お、おう。わかった。わかったから、登録するから!」


 ぷりぷりと怒るマリアのその顔を見るのは一年ぶりだ。一年前も彼女は、俺の実力に見合わないソロモンバイブルズから抜けた方がいいと、怒りながらに俺のことを心配してくれてたっけか。


 そんなマリアに気圧されて、俺はギルドカードの登録申請書を受け取った。


 実際、地上に来た目的の一つである、コルウェットの目的を果たすのにも、役に立ってくれそうだしな。


 ああ、そういえば――


「なあ、マリア」

「なんですか?」

「もう一人分申請書くれるか? コルウェットも居るから、そっちの分も――」

「えぇ!? コルウェットさんも生きてたんですかっ!?」


 申請書とペンを持っていた俺は、とっさに驚きを最大限の声量で表現する彼女の口をふさぐことはできなかった。


 もし、俺がこんな申請書の内容を書くついでに、コルウェットの分の申請書も頼んでいなければ――もし、この両手が塞がった状態でなければ――もしも、彼女の驚きによってあけられた口をふさぐことができたのならば、この先に待ち受ける騒動は回避できたかもしれない。


 そしてその先で、俺の地上から寄り道をしつつお使いをするだけの道のりが、より波乱に満ちたものには、ならなかったかもしれない。


「なあ、あんたかぁ? 俺の可愛い可愛いお姫様が生きていたなんてぇ冗談を言って笑ってたのはぁ」


 ダンと、俺とマリアを隔てる受付の机が激しく振動する。バサバサガタガタとペンや紙が机から落ちていく音を聞き流して、俺はどこからか机上へと飛び乗って来たお行儀の悪い男を睨んだ。


「ちょっと話聞かせてくれよぉ」


 背中を丸めて俺の顔を覗きこんできた男は、とてもよく見覚えのある顔をしていた。というよりも、見覚えしかない顔をしていた。


 だってその男は、俺のかつてのパーティーメンバーだったのだから。


  『迫撃王キング・オブ・モーター』ブルドラ・ブーブルー。


 それが、この男の名である。


 

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