一章『流砂の国と百智の契約者』

第1話 繁栄の裏に影在りて


 どうもどうも。

 はじめましての方は初めまして。


 私のことをおぼえている人はいるかな? いやまあ、最初の方で登場した、しかもたった一話の、それも役だった私のことを覚えてる人なんているわけないか。


 とにもかくにも自己紹介から始めよう。


 私の名前はマリア。しがない冒険者ギルドの一職員。


 冒険者ギルドとは、その名の通り冒険者に仕事を斡旋あっせんする組織そしきのこと。そして冒険者とは、ダンジョンや樹海じゅかい砂漠さばくや無人島など、様々な未開拓みかいたく地に進出して、様々な戦利品せんりひんを持ち帰る武闘派集団ぶとうはしゅうだんのことをいうんだ。


 なんで武闘派集団なのかといえば、それはすべて魔物の存在によるもので、人間の生存圏――それこそ、長く歴史のある町や村は安全なんだけど、そうじゃない、新しく開拓しようとしている土地にはたくさんの魔物が住み着いてることがあるんだ。


 そんな危険いっぱいな場所を切りひらくためには、それこそそんな魔物たちとやり合える戦闘力が必要なの。だから、冒険者とは未開拓地を開拓する知識と力をそなえた、文武両道ぶんぶりょうどうのスペシャリストなのだ!


 さて、そんな冒険者たちに仕事を斡旋あっせんする受付嬢なんて職についてる私ですが、私が住む流砂の国に多くの冒険者が入ってくるようになってから、実に一年がちました。


 きっかけは、かつて最強とうたわれた冒険パーティーソロモンバイブルズ。僅か八名で、魔物の強さが激変げきへんする13層に安全地帯セーフルームを築いたパーティである。


 それが一年前の話。それから半年かけてゆっくりと13層の安全地帯セーフルームを広げていき、更なる深層への挑戦をするための基盤きばんととのえた。


 そして、いま人類未踏じんるいみとうの地に踏み込めると息巻いた冒険者が流砂の国に流れ込んできたおかげで、たった一年にしてこの国は世界有数の冒険者在籍国となったんですよ。


 こんなに冒険者がいては、すぐにダンジョンのリソースがれ果ててしまうのでは? なんて危惧きぐもあったけど、そこはさすが高難易度ダンジョン。潜れば潜るほどに広さを増していく地形は、何千人という冒険者たちを次々に飲み込んでいった。


 今ではそんな冒険者たちが作り上げた道によって、護衛ごえいさえあればだれでも13層にまでたどり着けるようになり、完璧な安全地帯となった13層は、一つの村のような盛り上がりを見せている。


 ただ――


「……あの騒ぎに、ソロモンバイブルズがいてくれればなぁ」

「ちょっとマリア! その話は禁句きんくって言ったでしょ!」

「ご、ごめんごめんシルヴィア。もう言わないから」

「噂好きなあなたがそのもう言わないを何度守ったことかしら……」


 同じ受付嬢のシルヴィアに起こられてしまった、ソロモンバイブルズという言葉。この冒険者ギルドにとって、この言葉は既に禁句となっていた。


 13層を開拓かいたくした英雄の名だというのに、なぜこの名が禁句なのか。それは、彼らソロモンバイブルズというパーティーがすでに存在しないことが理由だ。


 リーダーを含めた、構成員三名が謎の失踪しっそうげたのだ。うわさでは仲間に殺されただとか、未知のダンジョンモンスターに殺されただとか、もうダンジョンの中に住んでんじゃねぇのとか言われているけど、その詳細しょうさいははっきりとしない。


 ただ一つ言えることは、エルモルトとコルウェットという二人の冒険者が消えたことで、あのパーティーは解散したということだ。


 それは逆に言えば――13層を開拓した英雄といえども、一歩間違えれば簡単かんたんに命を失ってしまうという、目をそむけたい事実をしめしている。


 だって、冒険者にとって行方不明というのは、そのまま死を意味しているのだから。


 現在、13層を拠点に(宿泊施設や農耕のうこう施設まで設置されている。はっきりってもう完全に村だ)低国ヴィネの攻略を進める冒険者ギルドは、エルモルトが残した崖を伝って別階層に移動するという、ダンジョンの一階層ずつ下っていくなんてルールを無視した裏技によって、かつての限界とも言われた16層を超えて、44層にまでその手を伸ばしている。


 集まって来た冒険者たちの中には、ソロモンバイブルズのメンバーに匹敵する戦闘力をもつ人もちらほらいて、そもそも解散したソロモンバイブルズのメンバーも、心機一転しんきいってん新しいパーティに所属したり、ソロで行動していたりと、今も冒険者活動を続けている。


 そんな彼らの、半ば人海戦術じんかいせんじゅつじみた攻略は一気にダンジョンの到達とうたつ階層を推し進めたのだ。


 ただ、安全地帯セーフルームはまだ13層で止まっていて、新たな安全地帯セーフルームを20層に作る計画が進んでいるが、すぐにはできなさそうだ。


 それだけ、安全地帯を作り出すのは難しいというわけで、それこそかつての居なくなってしまった〈花炎姫エレガンスフラワー〉や、その仲間の〈白竜巫女ホワイトドラゴン〉みたいな、広域殲滅こういきせんめつが得意な魔法使いでもいてくれれば簡単だったんだろうけどなー。


「おーい、受け付けってここであってるか?」

「はい。冒険者ギルドにようこそ。冒険者登録ですか? 依頼ですか?」

「ああ、えっと……マリアさん。久しぶりだな」

「え、久しぶりって……あれ? なんかその顔どこかで見おぼえが……」


 考え事をしていたところに受付に現れた一人の男。ローブについたフードを深くかぶっていて、何とも怪しげな様子。だが、私はギルドの受付嬢。どんな人間が来ても対応するべし。なーんて考えて対応してみれば、彼は私の知り合いだったらしい。


 こんな怪しい知り合い私に居たっけ? 私の知り合いなんて、腹黒い同僚か単純たんじゅんな冒険者かぐらいしかいなかったと思うんだけど――って考えてたら、その顔を見てはっきりとした。


「え、もしかして……ルードさん?」

「そうだよ。元ソロモンバイブルズのルード・ヴィヒテン。あ、生きてたってことは隠しといてくれないか?」


 私の前に現れたのは、一年前にダンジョンで行方不明になっていた、ソロモンバイブルズのメンバーの一人、ルードさんだった。

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