プロローグ②


 ダンジョンの崩壊ほうかいが始まるその少し前。


 バラムとルードが相対あいたいしていたその時、172層のはるか上空に、一羽の影が飛んでいた。


「んっんー……バラムの奴、なーにやってんだか。戦闘系の悪魔じゃないってのに戦場に出ちゃってさー。俺様たち策謀さくぼう系の悪魔は、表に出なくてなんぼっての忘れちまったのかよ」


 それは蝙蝠こうもりのような翼 を生やして、眼下がんかに広がる街並まちなみの半分が瓦礫がれきの山と化した172層で行われる戦闘の様子を、彼は天蓋てんがいの真下――172層より1500メートル以上の高さから、見物していたのだ。


「……あれ、人間だよな?」


 炎を纏い悪魔を一方的に殴る人間を見て、彼も思わずといった様子で言葉をこぼす。やはり、人間に悪魔が殴られるという状況じょうきょう自体が異常なのだろう。


「ありゃー、バラム負けちまった。ってことは、あれがヴィネのかな? あの引きこもりが、これまたすごいものを見つけやがってよー……ま、うちのも負けてないけどさ」


 終わった戦いにあきれた声を上げながら、彼はぐるぐると空中を飛び回る。


「まあいいさ。王に認めてもらうのはこの俺様――ベリアル様の仕事だからな。それに、感じねぇんだよな、あいつには。俺様をピリリとさせてくれる何かがよ」


 改めてルードの顔を見たベリアルは、バラムにとどめを刺せるのに、とどめを刺さないルードの甘さにつばを吐いた。


「気を付けろよヴィネ。俺様と、俺様の王位候補は、そんなに甘くねぇからさ」


 そう言ったベリアルは、ダンジョンの影の中に消えていった。

 その男の存在に気づいたものは――


「攻略されちゃったかー、ここ。それじゃあ、僕は手を引こうかな」


 低国ヴィネの天蓋付近に空いた13層の崖際で、消えたベリアルを見ていた男が一人いた。


「はてさて、彼は何を見たんだろうか。まあ、悪魔の考えが、人間ごときにわかるはずがないか」


 その男の名は、エルモルト・ナーガン。


 またの名を、ソロモンバイブルズのリーダーである男だ。


「しかし、誰が攻略したんだろう。コルウェット君かな? 彼女の天賦スキル面白かったしなー。まあ、誰だろうと関係ないか。さてさて、次はどこのダンジョンが攻略されるかな」


 彼は仮面を被っている。それは、超一流の冒険者をひきいるリーダーという仮面であり、エルモルト・ナーガンという仮面であり――


「ベリアルはどっかに行っちゃったよ、ゲル。君はどうする?」


 人間としての仮面を被った彼は、背後に立っていた少年――ゲルアーニへと声をかけた。


「どうもしませんよ。俺としては、あいつとはギブ&テイクの関係なんでね。それよりも……先輩は生きてたんですか?」

「さてね。今の僕は人間だからわからないんだ。ま、どちらにせよこのダンジョンに用事は無くなっちゃったから、僕は手を引こうと思ってる。ソロモンバイブルズも解散かな。。運命の流れは時化しけのように荒れ狂い始めている。きっと、そう遠くないうちに残るダンジョンも攻略されていくことだろう。僕の仕事はここで終わりかもしれないね」

「冗談はやめてくださいよ。僕だっての結構苦労したんですからね」

「ならばこそだよ。神々の目的は既に結実けつじつへと近づいているのだから。問題は――」


 そう言いかけたところで、エルモルトの言葉は止まった。

 

 その思考の裏にうつるのは、あの男の顔。彼をもってしても未知だらけだった正体不明な、ルード・ヴィヒテンの存在だった。 


「あれ、結局何だったんだろうなー」


 彼の実家の意向もあり、そして自分自身が抱いた興味もあってパーティーに在籍ざいせきさせていたルードであったが、その最後はあっけない崖からの転落死であった。


 いや、死体は確認していないが。どちらにせよ、不明ばかりで何もできなかった彼に、1500メートルの高さを生き残る術はない。


 だからこそ、彼は問題と言いかけて、しかして口をつぐんだのだ。神々が作ったルールからはずれたものは、死んだのだと。


「とにかく、君はこれから自由だよ、ゲル。まずは初めに世界を旅するといいんじゃないかな?」

「そうですね。低国は欺場ぎじょうとはまた違った厄介なダンジョンで、僕の手には負えません。リーダーの助力が無ければ尚更。確かに、自分を見つめ直すのにはいい機会かもしれませんね」

「それはいい」


 そう言ったエルモルトは、最後の挨拶あいさつとばかりにかるくゲルアーニへと手を振ったところで、最後に一つとゲルアーニが言葉を発する。


「ああ、一つだけ」

「なにかな?」

「落とし穴はどこにでも存在します。例えばそう……死んでいたと思っていた人が、生きていた、とか。もし何か不安があるのならば、疑うべきですよ」

「そうか。それならきもめいじておくよ。ただ、。覚えてはおくけど、きっと役には立たないだろう」

「わかりませんよ? 僕は、この言葉にわれて、あの欺場を攻略したのですから」

「そうかい。ならばこそ、覚えていようかな。それじゃあ、いい旅を」

「ええ、そうですね。またいつか会いましょうか」


 別れの言葉を告げた次の瞬間に、エルモルトはその場から消えていた。崖際から下へと落ちたわけではない。最初からそこに居なかったかのように、消えてしまったのだ。


 そしておそらくは――その存在そのものが消えてしまったに違いない。


 ソロモンバイブルズというパーティーは消え去り、そのリーダーの情報はすべてが秘匿ひとくされるか破壊されてしまったに違いない。


 だからこそ、ゲルアーニは笑った。


「待ってますよ、先輩♡」




――序章 完




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