プロローグ①


 目がめる。


「……うーん? あれ、私……生きてる?」


 起きて最初に思ったことは、私が生きているという事実に対するおどろきだった。


 記憶に間違いがなければ、私はあの補給員の女(名前は知らない)に胸をつらぬかれて、心臓しんぞうを完全に破壊されてしまったはずなのだけれど――


「あ、起きてる。おはよー」

「ああ、おはよ……う?」

「あれ、どうしたのコルちん。そんなに間抜まぬけな顔をして――」

「きゃああああ!!」


 ちょ、どういう状況よこれ! 起きたら私を殺した女が目の前にいるとか……まさかここってあの世――


さわがしいぞバラム。なんかあったのか」

「あ、ルードちん。コルちんが起きたよ」

「ルード! ちょっとなんであの女がいるのよ! ってか、私死んでなかったっけ!? 何よこの状況じょうきょう!」

「あーあー、そうだなそうだな。ちょっと落ち着いてくれコルウェット。興奮こうふんしすぎて火でてるから。まじで。あ、ちょっと燃え――熱い熱い! 洒落しゃれになってねぇって! まじで!」

「うわああ! ごめんごめん今消すから動かないで!」

「コルちんが起きたばっかりなのにさわがしいなー二人とも」


 起きたばかりなのだというのに起こってしまったボヤ騒ぎをあわてて収拾しゅうしゅうした後に、私は私が死んだ後に起こったことをルードから聞いた。


 ダンジョンボスとの激闘げきとう。バラムという悪魔との和解わかい。私の蘇生そせい。ヴィネの話に、ダンジョンの主となったルード。


 冒険者としての常識じょうしきこわされるような話ばかりで、頭がパンクしそうになる。


 それに――


「何かしら、これ」


 私は私自身のスキルのらんを見て、変なものを見つけてしまったのだ。

 ルードに渡された〈花炎姫エレガンスフラワー〉が戻っているのかという話から、私はスキル一覧いちらんを開いて、並んだ通常スキルの欄を飛ばして天賦てんぷスキルの一覧を見た。


 本来ならば、生まれ持って所有していた〈花炎姫エレガンスフラワー〉の一つしかないはずの天賦スキル。一度ルードに徴収ちょうしゅうされたと聞いてから、失われていたか不安だったのだけれど――むしろ、どういうわけかスキルがえていたのだ。


●〈スキル開示〉

・名:コルウェット・ムジナ

・保有ジョブ

 〈火炎魔導士ファイアーウォーロック

・保有天賦スキル

・〈花炎姫エレガンスフラワー

・〈


 後天的こうてんてきに天賦スキルが生えてくるなんて、聞いたこともない話だ。そもそも、他者に影響えいきょうを与えるスキルがあったのだとしても、それがどうしてスキル欄に現れるのか。


 とりあえずルードに相談してみたけど、その時彼は頭をかかえて――


「ちょっと待ってくれ。まじかよ……」


 なんて頭を抱えながら、彼の持つ〈王の器〉なるスキルのことを教えてもらった。バラムとの戦いで私の〈花炎姫エレガンスフラワー〉を彼に譲渡じょうとしたスキルらしいが、その効果は判然はんぜんとしない。


 こういった未知のスキルは、教会にでも行かない限りはっきりとした効果がわからないのよね……。そして、このダンジョンにそんなところがあるはずもなく。結局はよくわからないままという結論けつろんになってしまった。


 ただ――


「連なる者、ね」


 彼のスキルと繋がるスキル。確証かくしょうも何もないけど、あまりにも些細ささいつながりだけど、そんなつながりが、私はたまらなくうれしかった。


 ただ――


「おい、旦那様。新しい特訓だが……」

「すまんすまん、忘れてたわヴィネ。んじゃ、詳しい話はまた後にして、病み上がりだからゆっくり休んでろよ、コルウェット」


 あのヴィネとかいう悪魔! 何よ旦那様って! まさか……まさか、あの二人って結婚してたりするのかしら!?


 うぅ……気になる。でも旦那様って言ってるしなぁ……。


「そこのなやめる女子よ――」

「ひっ……」

「あ、ちょっとナチュラルに引くのやめてくれない? わりと私繊細せんさいだからきずついちゃう」

「な、れろって言ったってすぐには無理よ。だ、だって私、あなたに殺されてるし」

「やっぱりそうだよねぇ……ルードちんがおかしいだけか」


 悩む私に声をかけてきたのは、補給員の女――もとい、バラムという悪魔だ。ただ、私はどうも彼女に慣れない。いやまあ、一度殺されているのだから当たり前だけれど。


「ルードと一緒にしてほしくないわね」

「あっはは、言えてる~」


 正直、こうして話しているだけで体がふるえているほどだ。だから、できるのならばどこかに行ってほしいのだけれど――


「私はね、君と話がしたくてここにいるんだ」

「話……?」

「うん。まずは殺しちゃってごめんね。奇跡的に助かったとはいえ、流石に過ぎたやり方だった。だから――うん、ごめん」


 なんとも素直にあやまって来たバラムに、私は驚きのあまりきょとんとしてしまう。彼女の言葉に返答へんとうすることも忘れたまま、彼女の言葉が続いた。


「怖いんだったら離れるし、しゃべりたくないんだったら顔は合わせない。だけど、私としてはちょっと仲良くなりたいんだ。もちろん、全部は私のためだけど。だから、ゆっくり――ルードが強くなるのに半年かけたみたいに、ゆっくりと私にれてくれると嬉しい、かな」

「……そ、うね。善処ぜんしょするわ。あなたもここに生きる同居人どうきょにんなのだから」

「ありがとう」


 やっと出て来た私の言葉に、彼女はほがらかに笑った。そこにはあの時、私が見た敵意も殺意も何もかもが無くて、普通の女の人にしか見えない。


「もし、私に慣れてくれたのなら――話を聞いてほしいんだ。私たち悪魔の目的と、ダンジョンが存在する理由。それと――私との契約けいやくを」

「契約?」

「うん、そうだよ。この世界に存在するからには、あらゆるものがルール縛られている。そしてそこには、とある目的があるんだ。契約してないから、ここから先を話すことはできないけど……私は、あなたを見込みこんで話をけてる」


 確かに、彼女の言うことは大事なことをかくしたままだ。ただ――


「私はヴィネに消えて欲しくない。そして、あの時私の前に立った君も、ルードには消えて欲しくない。この話は、あの二人を助けるためのものだと思ってくれればうれしいかな」


 それでも彼女は言うのだ。


 あれほど殺そうとしていたルードを、今度は助けるために協力してくれと。いったいどんな心変わりがあったのか――私の内なる恋心が上げている警告けいこくがうるさいけど、きっと気のせいだ。うん。気のせいのはず。


「いい、わ。その話乗ってあげる。今すぐじゃなくても、いつかでも、それがルードの助けになるのなら――私は、命を救われたおんを忘れる女じゃないからね」


 嘘だ。

 正直に言えば、危機ききひんしたルードを助ければ、そこから私とルードの距離きょりが近くなるのでは? なんて打算ださんからくる言葉だ。


 だけど――


「私は強くなる。今度は――今度こそは、ルードのとなりに立つんだから」


 あはは、おかしな話だ。

 何時かの昔に足手まといと私はルードを突き放したくせに、今になって彼の隣に立つことを私は望んでいる。


 恋とは恐ろしい。


「わかった。それじゃあ契約を――」

「あ、まって。やっぱりまだ契約とやらはあとにしてくれないかしら……ちょっと、近づかれると怖気おぞけが――」

「それ地味に傷つくからやめてって言ったよね!?」




 

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