第38話 終わり始まる場所


 もともと廃墟同然はいきょどうぜんだった街中まちなかを走り、瓦礫がれきと化した街の中央へとたどり着いた俺とヴィネ。崩壊ほうかい振動しんどうくずれ落ちる瓦礫にあたってはいけないとのことで、一命をとりとめいまだ意識のないコルウェットはヴィネに抱えられたままだ。


「そういやバラムは心配しなくていいのかよ。あいつ普通に喋ってたけど、俺がコテンパンにしたから相当消耗しょうもうしてると思うんだが」

「あれでも一応悪魔だからな。落ちてくる瓦礫に押しつぶされたところで大けがにはならないだろう」

「よく俺そんなのに勝ったな……」


 改めて悪魔という存在の恐ろしさを知った俺は、それ以上に何で勝てたのかという疑問ばかりが湧き出てくる。


「そうだぞ。主は前代未聞ぜんだいみもんのことをしでかしたのだ」

「悪魔は人間じゃ勝てないってやつか?」

「いや、肉弾戦じゃ勝てないって話だよ。本来悪魔は圧倒的あっとうてきな力を持つ存在だ。たかだか人間の耐久力じゃ、殺しきる前に殺されてしまう」


 ヴィネの言う通り、〈重傷止まり〉が無かったら、俺は一撃も与えられずに死んでいたのは確かだ。肉体強化とコルウェットの〈花炎姫〉による攻撃力特化の魔闘エンチャントも、俺の死なない体が前提ぜんていでなければ宝の持ちくされもいい所だった。


 だからこそ、あいつに勝てたのは奇跡に近い。


 ただ、その上でだからこそ――


「だからこそ、よくやったとめてやろう。すごいぞルード。悪魔に正面から殴り合いをして勝てる人間なんて我は知らん。お前はほこっていい」

「誇っていい……そうか。なんか、すごい違和感がある」

「ハハハッ、まあ違和感だけで十分だ。あれでバラムは知略ちりゃくの悪魔。戦いには向いていな参謀さんぼう気質ゆえ、次の戦いはこうはいかないだろうな」

「おい、俺はもう悪魔と戦う気なんてないぞ」

「そうだな。この先の運命が、そうであれと我も願っている」

「……どういうこだ?」

「話はこの先で、だ。ほら、りるぞ」


 められることのなかった俺は、初めて向けられた言葉に少々困惑こんわくしてしまう。ただそれよりも、ヴィネが言った不穏ふおんな言葉に気を取られてしまった。


 ただし、会話は長く続かない。


 なぜならば、俺たちは街の中央に鎮座ちんざする、地面に設置された大扉おおとびらの前にたどり着いたから。


 ダンジョンボスによって開け放たれた大扉の先には、薄暗闇うすくらやみの広がる大階段が下へと大口おおくちを開けていた。


「この先が173層だ。そして安心しろ。この先には魔物はいない。というか先の戦いで172層自体が安全地帯セーフルーム化してしまったようだな。まったく、派手はでに暴れてくれたものだ」


 そういう彼女は、俺の返答を待たずに階段の下へとりて行ってしまう。急いで彼女を追いかけた俺も階段の下へと降りていった。


 しずんでいく。しずんでいく。


 それはまるで落ちていくように。


 長かったようにも短かったようにも感じられる変わらぬ景色けしきを通り抜ければ、あまりにも広大な大広間に出た。


 荘厳麗美そうごんれいび内装ないそうに包まれ、様々な家具が置かれたその先には、あまりにも巨大な玉座ぎょくざしずかにたたずんでいる。おそらくは、あのダンジョンボスがこしをかけていたのものなのだろう。


 そして、その周囲には目がくらんでしまうほどの金銀財宝が散らばっていた。


「なんだここ」

「ダンジョンの最深部。所謂いわゆるボス部屋だ。冒険者たちの取ってのゴール。ダンジョンが終わる場所。ただし、今回は違うがな」


 意味ありげに語るヴィネは、ここなら大丈夫だと、近場の長椅子ながいすにコルウェットを寝かせてから、改めて俺の方へと振り返った。


「さて、ダンジョンの崩壊ほうかいを止めようか」

「それはいいけどよ、具体的ぐたいてきに何をすればいいんだよ」


 172層で、そして俺によってダンジョンボスが討伐されてしまったせいで、このダンジョンに脱出口が現れることなくダンジョンの崩壊が始まってしまった。


 それを止める手立てがヴィネにはあるらしいが、いったいどうやって?


「主が新たなダンジョンボスになるのだよ」

「はあ?」


 あまりにも唐突とうとつな話に、俺は耳をうたがった。いやいやいや、俺がダンジョンボスになる? それってつまり、俺があの獅子面みたいな魔物になるってことか……?


「あー……なんか変な想像をしているところ悪いが、別にダンジョンボスになったからと言って、姿かたちが変わるわけではないぞ」

「そうなのか?」

「そうだな。これは我の言い方が悪かった。つまるところ、主がダンジョンの主となることで、ダンジョンボスという支えを失ったダンジョンを誤認させるんだ。まだダンジョンは攻略されていない、とな」

「それで止まるんだな?」

「ああ、我のおすみ付きだ」


 そういう彼女は――初めて、俺の前で仮面を外した。


 彼女のかみだと思っていた黒は、どうやら仮面についた装飾そうしょくだったようで、その仮面を外したとたんに銀色の髪があらわになる。それはまるで水銀のようにれ動き、その合間にこちらを見透みすかしたような毒々しい碧色へきしょくひとみがキラリと光った。


 美しい、と俺は思った。


「改めて。百智ひゃくちの悪魔ヴィネだ。過去を見通し、全能ぜんのうを語る。王位おうい守護しゅごする選ばれし一柱ひとはしら。そして、このダンジョンを管理する者だ」


 語られるのは、彼女の身分なのだろうか。そういえば、バラムが知略の悪魔と言っていたな。あいつには似合わないが、確かに未来を見通せるのなら、そう言われて当然だ。


 そして、ヴィネは百智という称号しょうごうを持っているのか。


覚悟かくごはいいな?」

「それで崩壊が止まるなら」

「百智の肩書かたがきめるなよ。ほれ、手を取るがいい」

「わかったよ」


 差し出されたヴィネの手を俺は取った。微笑ほほえむ彼女に連れられて、俺は誰もすわらない玉座の前に立たされる。


ちかうだけでいい。教会で一生の愛を誓うように、保証ほしょうもなく軽々けいけいに誓ってしまって構わんよ。あとは我がやってやる」

「ずいぶんなことを言ってくれるなヴィネ。これはからはお嫁様って呼んだ方がいいか?」

「それならば我は主を旦那様とでも呼ぼうか?」

「うっ……じょ、冗談じょうだんだよ」


 長いまつ毛の可愛らしくも美しい瞳に見られながらそんなことを言われてしまえば、どんな男もころりと惚れてしまうこと間違いなし。さすがの俺も、思わずたじろいでしまう。


「それじゃあ旦那様」

「それ続くのかよ」

「似たようなものだからな。これからぬしはこのダンジョンのあるじとして、そして我はこのダンジョンの管理者として、一心同体の関係になる。婚約こんやくといっても過言ではなかろう?」

「あーあー、もう好きにしていいよ。ただ一つ言っておけば、俺は誰かに愛されたことなんてないから勘違かんちがいしちまうぞ」

勘違かんちがいしたってかまわんぞ。我こそ、お主ほど親愛を込めてせっした人間なぞらんかったからな。むしろ、それぐらいでなければいけないな。むしろ、私を勘違いさせるぐらいにかっこつけてもらわなければ」

「どういうことだよ、それ」


 冗談まじりな彼女の言葉に、フッと笑った。


「ほれほれ、さっさと誓うのだ。もうすぐダンジョンが完全に崩壊してしまうぞ」

「わかったわかった。――俺は誓うよ。このダンジョンの主になる。このダンジョンの、王になる」

「ならば我も誓おうぞ。この者を新たなる王として、このダンジョンに相応しき実力者として、空いた玉座に収めよう」


 恐ろしいほどの魔力がうねりを上げて、玉座へと集約しゅうやくされていく。おそらくは、これこそがダンジョンの主を定める儀式なのだろう。


 そして俺は――


『スキル条件が達成されました。スキル〈玉座支配〉が解放されました』

『スキル条件が達成されました。ジョブ「簒奪者スカンディア・ウルトル」の情報が更新されました』


「……え?」


 俺は、流れ込んできたアナウンスに頭を抱えた。




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