第2話 塩


 ルードが冒険者ギルドにあらわれる数日前――



 ◆◇



「こんなもんかな」


 あいも変わらず一階だけの平屋ひらやの裏手にできた畑の手入れを終えた俺は、ひたいに流れた汗をぬぐった。


 あれから――俺がダンジョンの主になってから、半年という時間が経った。といっても、変わったことといえば――


「疲れたぁああああ!!」

「お疲れコルちん! さあさ、用意した特製とくせいドリンクをぐいっといってみようか~!」

「嫌だ! 私不味いの嫌いなんだけど!」

「だーめー! 飲むって約束でしょ~~!」

「うわああああああん!!」


 あれだけの死闘を繰り広げたバラムと、そしてそのバラムに殺されたコルウェットが仲良くしていることぐらいか。


 っていうか、なんかコルウェットのキャラクター変わったか? ……いや、あいつも無理してたってことか。


 そんなわけで、相も変わらずたった四人しか住人の居ない低国ヴィネの深部172層である。ダンジョンの主としては、何事もなく平穏へいおんに過ごせているだけ十分なのだけれど。


 それにしても、ここの畑の植物って何で光合成こうごうせいしてるんだろう。地下にできた町であるヴィネ(かつてのダンジョンボスとの戦いで半壊はんかいしているが)は、太陽の届かない地下にあるはずなんだけど。


 それでもキノコばかりじゃなくて、普通に葉っぱとかついた野菜もれるんだよなー……


「ダンジョン内の作物は、基本的に太陽光じゃなくて魔力を使って栄養を得ているのだぞ」

「そうなのか」

「ああ、そうだ。そういう風にできてる。そのおかげで薬の材料にすれば素晴らしい秘薬が作れるわけだ。それに、ダンジョンのあちこちに植物が群生していて、草食の魔物がそれを食べて、草食獣を肉食の魔物が食べて、とダンジョン内でもサイクルができるようになっている」

「流石は百智ひゃくちの悪魔だ」

「それほどでもない」


 さて、そんな俺の疑問ぎもんに頭の中を読んだように答えてくれたのは、このダンジョンの管理人かんりにんである悪魔のヴィネだ。


 相変わらず迫力はくりょくのある獅子面をかぶった彼女は、その辺のちょうどいい瓦礫がれきに腰を掛けて、畑仕事にいそしんでいた俺のことを見物していた。


 とりあえず畑仕事を終えた俺は、家に設置されている時計のはり確認かくにんする。


 午前11時26分。もうそろそろ昼食を作り始めてもいい頃合いだな。


 ちなみに、食事を作るのは当番制とうばんせいだ。以前に暗黒物質を故意こいに作り出していたバラムを除いたコルウェット、ヴィネ、俺の三人で日ごとに食事を作っている。


 そして今日の当番は俺だ。


 ダンジョンボスとの激闘のせいで172層全域ぜんいきが安全地帯となってしまった今、肉をりに行くにも171層まで上がらなくてはならない。


 そこで登場したのが保存食。塩に漬け込んでおくことで、いつもだったら一度に消費しなくちゃいけなかった深層の巨大な魔物の肉を保存しておくことができるようになったのだ。


 今日の昼食もそんな保存しておいた肉を使って、スープでも作るとするか。


「あ、そういえばルードよ」

「どうしたヴィネ」


 そうそう。ヴィネが冗談で言っていた旦那様という俺の愛称はやめてもらった。流石にれなかったのだ。

 それに、彼女がそういうたびにどこかから殺気が飛んでくるんだよな。あれなんだったんだろう。


 ま、そんなことはいておくとして。


 昼食を作ろうと息巻いていた俺にヴィネから声がかかる。いったいなんの用だろうか――


「塩の在庫ざいこが切れかかってるから、そろそろ地上に買いに行かなければならなさそうだ」

「……え? 地上に?」

「ここは塩水もなければ岩塩がんえんが採れるわけではないからな。数年に一度、数年分の塩を買いに行ってたのだよ」

「いやいやいやいや!」


 ヴィネの言葉に驚く俺は、慌てた思考を一度まとめる。え、地上に買いに行かなきゃいけないの?


「もしかしてだが、地上に上がりたくない理由でもあるのかルード。いかんぞそれは。人間の体に塩分は必須。それに、食材の味付けにも必須のスパイスだ。塩をめるなよ貴様」

「ヴィネはどれだけ塩に執着しゅうちゃくがあるんだよ、それ。いや、そんなことはどうでもよくて……え、地上に出れるの?」


 問題はそこだ。このダンジョンは173の階層に分かれていて、下から上まで実に1000メートルを超える高さがある。

 そんな高さを最高難易度と呼ばれるほどの強さの魔物がうようよと蔓延はびこる道を、階段を探して駆け上がらなければならないのだ。


 それに、ダンジョンは死ぬほど広い。この低国ヴィネ172層だけでも、大国の王都をすっぽりと入れてしまうほどの大きさがあり、更にはその外縁部がいえんぶの壁に上へ上へと続く洞窟どうくつが無数にあるのだ。その中から、階層を移動できる階段を見つけなければならないとなれば、何か月かかったものかわかったものではない。


「出れるも何も、このダンジョンを束ねるダンジョンボスを倒したお主に、勝てぬ魔物はこのダンジョンには居らんよ。まあ、我の場合は移動系の魔法を使って地上までテレポートしているのだがな」

「んじゃそれ使えばいいじゃねぇか」

「いい機会だと思っただけだ。ダンジョンに引きこもっているだけじゃ、世界はせばまるばかりだ。新たなダンジョンの主となったからには、広い視野と世界で生きてもらわねば困るのだ。パートナーからの助言じょげんとでも受け取ってくれてほしい」 

「まあ、確かにダンジョン内に居座る引きこもりはいけないが、仮にも主がダンジョンを空けていいのかよ」

「人間、家から外出ぐらいするだろう?」

「いやまあ……そうだな」


 パートナーとして、というのは契約のことか? まあ、ダンジョンの主となったからには、一人で地上に出れるようになった方がいいのは確かか。


「それに、主になったからには階段の場所はなんとなくわかるようになってるはずだ」

「そうなのか?」

「いや、主はルールから外れすぎててわかったもんじゃないが……まあ、どちらにせよいい機会だから、地上に行ってみるといい」

「確かにな。ただ――」

「一人じゃ不安か? ならばあ奴を連れて行けばいいだろう。ちょうど、主と話したいことがあるらしいぞ」


 そう言ったヴィネが指さしたのは――


「コルウェットか」


 畑のそばの水辺でぐったりとしているコルウェットであった。


 ってか、何やってんだろアイツら。ここ最近、「疲れたぁああ!」と叫ぶコルウェットばかりを見ている気がするんだよな。



 

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