ダンジョンでスローライフ！？ ～パーティから追放されるどころか最高難易度ダンジョンに取り残されてしまった俺ですが、世界の裏技を見つけて好き勝手に過ごさせていただきたいと思います！～

第36話 埋まる余白

「……終わった、か？」

　都市だった残骸（ざんがい）の中で立ち尽（つ）くす俺は、足元に転がるバラムを見下ろしてそう呟（つぶや）いた。

　ダンジョンボスとの死闘（しとう）から続く１７２層全域（ぜんいき）をバトルフィールドにした戦闘が静（しず）まってできた瓦礫（がれき）の山は、戦いの興奮（こうふん）を沈めるにはあまりにも静かすぎた。

　だからこそだろうか。俺は本当に戦いは終わったのかと不安になってしまう。

　つかみどころのない猫のようなバラムのことだ。ここに来て新たなスキルを発動して、油断した俺の背後から襲い掛かってきてもおかしくはない。

　何しろ、さっきも最後の最後で隠し玉のように何かスキルを発動させていたしな。あれって確か、俺の隠密を見抜いたスキルじゃなかったっけ？

「あーははー……負けちゃった」

「っ！？」

　そうして気を抜かずに居れば、ほら見たことか。バラムの声が聞こえてくるじゃねぇか。

　そんなわけで、またも俺が〈花騎士〉を纏（まと）ったところで、慌てたバラムの声が足元から上がって来た。

「ちょっと待って！　ほんとに私の負けだから～……手を上げる気力も残ってないから許してほしいんだけど」

「ほんとかぁ？」

「ほんと！　ほんとだから！」

　まあ確かに、はた目から見ればバラムの有様はひどいものだ。全身が焼け焦げたような煤塗（すすまみ）れになっており、火傷のような傷痕（きずあと）もいくつか見ることができる。なによりも、左腕が脱臼（だっきゅう）、右腕が骨折と両腕が使い物にならないような状態だ。

「ほんと酷いよルードちんは」

「ちんを付けるなちんを」

「えー？　嫌い？　こういうの」

「さっきまで俺のことを殺すために殺気立ってたやつに、愛称（あいしょう）で呼ばれたくはねぇよ」

　やはり彼女は悪魔ということなのだろうか。俺のような一般人の尺度では測れないような感性（かんせい）をしているらしい。

「まったくさー、ほんと……私、悪魔んなかじゃ全然戦い得意じゃないのにさー……それに女の子にここまでするとかひどくない？」

「んじゃ最初から何かを企むなよ」

　俺は呆（あき）れた溜息（ためいき）を吐きながら、仄（ほの）めかすように冗談（じょうだん）を言う彼女に言葉を返す。まじで、あれだけ俺側は為（な）す術（すべ）もなかったってのに、よくもまあ戦いが得意じゃないとか言えたもんだな。

　あれで戦いが苦手だってんなら、俺はもうヴィネ以外の悪魔になんか会いたくないんだけど。

「ほんと……あーあ、負けちゃったなー……」

「…………」

　あおむけに倒れたバラムの声が滲（にじ）む。その目から涙が流れてきたところで、俺は初めて彼女の本心を見た気がした。

　猫のように掴みどころがなく、ただただ自堕落（じだらく）なようにしか見えない彼女の心を見ることができた気がしたのだ。

「なあ、バラム」

「……なに？」

　だから、俺は訊（き）いた。

「なんで俺が居ると不都合（ふつごう）なんだよ。最初からそう言うのを話してればよ、こうしてお前が地面に倒れてることも、俺が大けがを負うことも――」

　……あいつが、死ぬこともなかっただろ。

「君がヴィネに選ばれそうだったからだよ」

「俺が、ヴィネに？」

「本当は人間には詳しく話せないことなんだけどね。いくらルードちんが人間の理（ルール）から外れてるとはいえ、その規則（ルール）ぐらいは守らなくちゃいけないんだ――なんて、思ってたんだけどねぇ」

「……？」

　歯切れの悪い彼女は、呆れたような声を上げながら、寝転がった状態で俺の顔を見て来た。そんな彼女は、前言を撤回するような言葉を口にしてから、心の底から呆れたように、ひとつの事実を吐き出した。

「君さぁ、私の未来視に映らないんだもん。これもう、人間どころか世界の理（ルール）から外れてるってことにしてもいいと思うんだよねぇ」

「……え？」

　ちょ、ちょっとまて。

「お前って未来が見れるとか、そういうスキル持ってるんじゃなかったのか？」

「そうだよ。確定未来も不確定未来も含めた、選択肢の先の未来を見ることができるのが、私のスキル〈全知前納（フューチャーテレパス）〉の力。前に君の隠密を見抜いた時も、私がどこを攻撃したら隠れてる人にあたるかって未来を予測して使ったものだよ。だけど、どういうわけかさっきの未来は見えなかった。こんな事初めてだよ。それこそ、世界の外側からコマを動かされた感覚だ」

「そうかよ。それじゃあ、お前がここで倒れてるのって……」

「うん。完全に予知外の出来事さ。もちろん、あの子が死ぬのも……ごめんね。カッとして、やっちゃったんだ」

「謝るんじゃねぇよ。あいつは引き際を見誤（みあやま）って、死んだだけだ。冒険者にはよくあること……」

　ああ、そうだ。よくあることなんだ。

　何にも持ってなかった無能の俺が、ここまで生きていたことが奇跡に近いぐらいで、世の冒険者の死亡率は遥（はる）かに高い。それはたとえ、たぐいまれなる天賦スキルの所持者であろうと変わらない。

　コルウェットが死んだのも、そんな結末の一つなのだ――

「ルードちん」

「なんだよ」

「そんなに泣いてちゃ、言い訳にしか聞こえないぞ」

「どの口でそんなこと言ってんだよお前は。もう一発殴るぞ」

「ああ、そうだね。殴られた方がいいかもしれない。だけど痛いのは嫌だから、やめてほしいな！」

「うるせぇ！」

「ひどい、蹴った！？」

　仰向（あおむ）けに寝っ転がっていたバラムを蹴り転がしてから涙を拭った俺は、改めて瞑目（めいもく）した。それから、それから――

「私さ、未来が見えるんだよ」

　蹴り転がされたせいでうつぶせになってしまったバラムの独り言を聞いた。

「悪魔には世界からいろんな力が配布されるんだよ。私の力もその一つ。未来を見る未来視の力。同系統（どうけいとう）の能力者が関わらなければ、百発百中の精度で当たるチートなスキル。だからさ、私。友達がいなかったんだ」

「なんでそれで友達がいねぇんだよ」

「そりゃそうだよ。友達を作ったところで、その友達に嫌われる未来を見たとき、君はどう考える？　私は嫌だよ。嫌われるのは。だからさ、好かれるように未来を選択するんだ。嫌われたくないから、完璧に、完全に――そんなことするとさ、気味悪がられるんだよね」

「なんでだよ」

「わかってたらこんなことになってないのさ。結局、悪魔も人と変わらなかった。人が人を好きになるためには、嫌いなことが必要なんだよ。好きなだけじゃ隙だらけで、嫌なだけじゃ元も子もない」

「んじゃ、未来なんか見なけりゃいいじゃねぇか」

「無理だよ。だって、人って人に嫌われないために努力する生き物でしょ？　それは悪魔もおんなじで、私にとって、それはその人との未来を見ることなんだよ。だからさ、私は一人だったんだよ。何十年も、何百年も――いい子面したはぐれ悪魔。誰からも気味悪がられて、本当の友達なんて一人も居なかった」

　わかっていたことだが、やっぱり悪魔は俺たち人間なんかよりも長生きらしい。そんな彼女が語る孤独は、いったいどれほどのものなのだろうか。

「でも、ヴィネちんは違ったんだ。初めて会った、私と同じ力を持つ悪魔。彼女の未来は私には見えない。だから私はヴィネちんと友達になれた。だから私は、ヴィネちんだけは失いたくなかった」

「だから、俺を殺そうしたってのか？」

「そうだよ。そうなんだ。ヴィネちんは、私にとって――この孤独を、唯一埋めてくれる悪魔だから」

「そうか」

　彼女の独白に、俺は余計な口を挟まなかった。どうしてそれで俺を殺すことになるのか、なんて話は余分も余分。嫉妬を抱いた相手を殺そうとするのは、人間にだってよくある話だ。

　たとえそれ以上の意味が込められていようとも、だから俺はそのことを口にしなかった。

　そして、最後の最後までその疑問を言い出すタイミングが消えて、不意を突くように俺たち二人の会話に割り込んでくる声が現れた。

「ったく、バラムよ。初めからそういえばいいものを……それに、主が危惧（きぐ）するような事態にならぬように我も務（つと）めているのだぞ？　まあ、今回ばかりはどうにもいかないだろうがな」

「ヴィネ！」

「おう、戻ったぞルード」

　その声の主は獅子面で顔を隠した奇妙（きみょう）な少女――ヴィネであった。

「っておい、そいつは――」

「安心しろ。生きている。どういうわけかな」

　そして、その腕には――

「……生きて、る？」

　その腕には、死んだと思っていたはずのコルウェットが抱えられていた。

「ああ、そうだ。肺腑（はいふ）を抉（えぐ）られ、心臓を貫（つらぬ）かれてなお、この女は蘇生（そせい）した。ただし、我は何もしていない。大方、主のスキルの力だと思っていたのだが、違うのか？」