第35話 魔法と肉体強化を組み合わせるコツ


『スキル〈重傷止まり〉が発動しました』


 この半年の間、何百回、何千回と聞いたスキルアナウンス。

 この172層に落ちてしまった俺の命をつなぎ、無茶苦茶な特訓の死んでしまうかもしれないというリスクを帳消ちょうけしにし、ついにはダンジョンボスすらも倒すきっかけとなってくれた最高のスキル。


 しかしながら、このスキルがもたらしてくれる恩恵おんけいは一つだけだ。


 ただ、重傷で止まるだけ。


 そのスキルが発動したということは、俺が死んだということだ。俺が死に、しかしスキルの力によって死のふちの数歩手前で耐え、生き残ったということだ。


 俺はこの172層で数えきれないほどの死を経験し、数えきれないほどの命をこのスキルによってつないできた。


 そして、それはこの状況でも変わらない。


「なんで、死なないのさ!!」


 バラムが持つ悪魔としての身体能力は、人間のそれをはるかに凌駕りょうがしていて、基礎訓練によって強くなったはずの俺の身体強化を軽々しく打ちやぶり、死という結末を叩きつけてくる。


 しかし、〈重傷止まり〉の効果によって瀬戸際せとぎわで耐える俺は、新たなる武器によってもたらされた成果を見て、ニヤリと笑った。


「なぁ、バラム。痛いよな、それ」


 俺が笑う視線の先には、脱臼だっきゅうしてしまった腕をだらりとたらすバラムの姿があったのだった。


 俺の死と引き換えにたどり着いたのは、バラムの肩を脱臼させただけ。等価交換とうかこうかんというにはあまりにもぼったくりな買い物だが、生憎と俺は割引券〈重傷止まり〉を持っているものでね。


 そして俺は、もう一度。彼女にダメージを与えた攻撃を繰り返す――


「行くぞァ!!」

「チィ……!!」


 その攻撃はただ拳を振っただけだ。正拳突きとも言えばそれっぽくは聞こえるが、言ってしまえばパンチという一言で済まされてしまうような攻撃。


 しかし、これはただのパンチではない。


 思い出せ俺。思い出せあのメモを。


 魔法と肉体強化を組みわせることで、初めて吹き飛ばすことができるようになる人形を殴り蹴り続けた日々を――


「『体で覚えよう魔法君』ってネーミングセンスはねぇんじゃねぇかな!?」

「突然何の話――がはっ!?」


 炎を纏った拳が、狙い違わずバラムの体を貫いた。


 その炎は、〈花炎姫エレガンスフラワー〉の炎であり、俺自身が〈花騎士〉となることで纏うことができた、コルウェットの炎だ。


 そこに乗せられるのは俺の肉体強化。高速移動する魔物の追随ついづいゆるさず、何十メートルのビルの外壁がいへきをモノの数分で登りきる、例えるまでもない、日々の訓練でつちかった驚異的きょういてきな筋肉だ。


 しかも、この一撃は筋肉が放つパンチに、ただ魔法を乗せただけではない。


「魔法と肉体強化を組み合わせるコツその1ィ!!」

「――ッ!?」


 思い出すように。思い返すように。ダンジョンボスとの激戦を助けてくれたヴィネとの特訓の日々を思い出しながら、俺は彼女が残してくれた言葉を繰り返す。


「肉体強化は、魔力を体内にめぐらせるイメージを強く持つ!!」


 気合を込めた咆哮ほうこうの代わりに出てきた言葉と共に、炎のパンチがバラムの体へと追撃ついげきを仕掛けた。余裕のない表情の彼女は、脂汗あぶらあせらしながらその一撃をまともに受ける。


「その2ィ!! 肉体強化でめぐらせた魔力に火を付けろ!」


 ただし、俺の攻撃はたった一撃では終わらない。先ほどガードに腕を使って脱臼した記憶がよぎったのだろう。続く俺の一撃に対しても、混乱するバラムは対応する気配を見せない。

 そして、二回目となる攻撃がまたもやバラムの胴体どうたいを貫いた。


「その3ッ!! 魔法を全身の毛穴から力の限り吐き出せ!」


 三、四、五、六。何度も続く連撃に、流石のバラムも抵抗ていこうをする。しかし止まることのない俺の連撃れんげきが、最終幕さいしゅうまくを迎える。


「ラストォ!!」


 咆哮は上がる。すべてをらして、炎をいて。


「血を燃料に、筋肉を魔法に、すべてを打ち壊すつもりで打てェ!!」


 それがヴィネより俺に伝えられた、魔法と肉体強化を組み合わせた力。


 名を、『魔闘エンチャント』という。


 ハハッ、武器とかに属性魔力をまとうのは聞いたことがあるが、まさか人間の体にまとうなんてな――だが、だからこそ俺は勝てる。


 力一杯ちからいっぱいに殴ることしかできない、技量もへったくれもない俺でも、バラムに勝てる――


「私が……やられっぱなしなわけないでしょ! ――〈全知前納フューチャーテレパス〉!!」


 それはいつぞやに使っていた技。おそらくは、彼女のもつスキル。赤く光るバラムの目が、俺を捉えて――


「えっ……」


 驚愕きょうがくを浮かべたままま、その表情は止まった。


 逆転の一手でもあるのかと思ったのだが、何もしてこないのなら仕方がない。


 全身全霊。一発入魂。すべてをかけた一撃をお前に――


「〈花炎猛打エレガンスファイア〉!!!」


 コルウェットの魔法の名を借りて、俺はその一撃を叩き込んだ。

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