第34話 花騎士


 圧倒的な実力を発揮はっきするバラムの一撃によって吹き飛ばされた俺は、弾丸のごとき速度で空をけてここ――街の中央に戻ってきてしまっていた。


 ここにはコルウェットがいる。意識がないあいつを、戦いに巻き込んじゃいけない。そんなことを思って焦っていた。


 ただ、現実は非情ひじょうだった。


「コルウェット!!」


 彼女の背中に、炎にもた赤色の花がく。その中心にあるのは、血にまみれたバラムの右腕。間違えようもなく、コルウェットはバラムの手によって、そのむねつらぬかれたのである。


「くそっ! なにしやがる!!」

「おおっと、怖い怖い。いやだってさ、コルちんをここに連れてきたのは私なんだから、その処理しょりをするのも私の仕事でしょ」


 平然へいぜんと、そして当たり前のようにそう語るバラムを退しりぞけて、俺は瀕死ひんしとなったコルウェットをせた。


「おい! コルウェット! 聞こえるか!」


 ごふと血のじったせきをする彼女は、苦しそうにしながらもかろうじて生きていた。ただし、その命が長く続かないことは明白めいはくだ。


 なぜならその左胸に、あからさまな大穴が開いていたから。心臓と肺を巻き込んで、今どうやって呼吸をしているのかが不思議なぐらいの傷を彼女は負っていたから。


「待ってろ、いま団子を――ああくそっ! 服に入れたままだったから持ってねぇ!!」


 間に合うかなんてわからない薬効団子を使おうとして、俺はそれを水辺に置いてきた上着のポケットにしまっていたことを思い出した。


 あそこまで走って取ってくる間に、彼女の命はきてしまう。それ以前に、バラムが許してくれるはずもない。


 だから、だから――


「ねぇ、ルード」

「なんだよ、コルウェット」


 初めて、俺は彼女に名前を呼ばれた気がした。


 だから、俺も名前を呼び返した。


「ありがとう」


 俺が彼女の名を呼んだあと、彼女のほほは笑みを作る様ににっこりと歪み、そして静かに、しずむようにそんなことを言うのだ。


 そして、そして――


「コルウェット? おい……おい!! くんじゃねよ! 報われたかったんだろ! 認められたかったんだろ! なら、こんなところで諦めてんじゃねぇよ!」


 そのたおやかな花は、俺に看取みとられながられていった。


『スキル条件が達成されました』


 うるさい。


『スキル〈王の器〉が解放されました』


 うるさい。


『スキル条件が達成されました』


 うるさいんだよ。


『ジョブ『■■■■■■』の情報が更新されます』


 うるせぇっつってんだろ!!


『空白の玉座はすぐそこです』


 何が言いたいんだ!


『スキル〈王の器〉の条件を達成しました。対象名『コルウェット・ムジナ』よりスキル〈花炎姫〉を徴収します』


 ――は?


『どうか、頑張ってください。まだ、諦めてはいけません』


 何時かに聞いたスキルアナウンス。


 意味不明な言葉がつらなり、俺の頭は疑問によってくされる。コルウェットの死によって雨のようにって来た悲しみの中にいる俺にとって、その情報量は凶器ともいえる困惑こんわくを叩きつけてきた。


 ただ、一つだけ言えることがある。


「……なにかな、それは。今時、お姫様の死によって覚醒かくせいする主人公とか流行らないと思うんだけど?」

「ハッ、知るかよそんなこと。……だが、お前は自分のやったことのつけを払うんだな」


 俺の周囲に花が咲く。幾度いくどとなく同じパーティで目にした、炎の花が。

 

 花に包まれながらそっとコルウェットの亡骸なきがらを地面にろした俺は、そのスキルの名を発する。いや、違うな。


 俺には姫様なんてのは似合わない。だから、俺はまとうんだ。


 守ってもらうためにじゃない。俺自身が、守るために――できることならば――


「せめてお前が、生きていてくれればな――『|花騎士〈フラワーナイト〉』」


 咲き乱れる炎が俺の体にまとわりつく。しかし、その炎は決して俺を焼きがさない。ほんのりとした温もりと共に、何をとっても未熟な俺の力となるために、その力を貸してくれる。


「歯、食いしばれよバラム」


――一つだけ、困惑の中にいる俺にもわかることがある。

 それは、この力がコルウェットのくれたものだとするならば、俺はこいつを倒さなきゃいけないってことだ。


 俺の拳が、バラムめがけて振るわれた。


『スキル〈重傷止まり〉が発動しました』

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