第33話 恩返し


「……あれ、私……生きてる?」


 体を上げる。


「ここ……は……門の前?」


 あたりを見回す。


「ああ……確か、あの時――私は、あいつに助けられたんだ」


 ここまで来て、私はやっと今自分が置かれている状況を思い出した。


 おろかにも街の中央に近づいた私は、スプーンのような――もといかぎのような魔物との死闘を繰り広げて、かろうじて勝ちを拾い上げた。しかし、その魔物こそが173層――低国ヴィネの最深部へと至る門を開く門番であり、かの魔物を倒したことによって、私は低国ヴィネに潜むダンジョンボスを呼び起こしてしまった。


 知らずともわかるほどのダンジョンボスとしての威圧いあつを放つ獅子面の魔物を前にした私は、一秒後におとずれる回避不可能な死を見た。


 だけど、ソレは訪れることなく、一人の男に助けられる。


 ルード・ヴィヒテン。


 私がゴミと、無能とののしっていたあの男に、私は助けられたのだ。


「…………………………」


 おい私。何を考えている。


 相手はあの男だぞ? あの、世界有数の冒険パーティーに所属していながら、まともに戦うこともできないくせにダンジョンについてきて、足を引っ張っていたあの男だぞ? 後衛こうえいの魔法使いの私なんかよりもさらに後ろで、魔物に殺されないようにちぢこまっていることしかできないような男だぞ?


 ああ、なのに――なんで――


「かっこよかったぁ……!」


 なんで、あんなにかっこいいのよ!!


 三日前もそうだった。私が満身創痍まんしんそういで魔力も体力も尽きかけてるって時に……あと少し遅れたら手遅れだったってのに、そんな時に限って颯爽さっそうと現れて助けてくれる――なによそれ! かっこよすぎのかぞ役満やくまんじゃないの!


 わ、私みたいな恋愛経験ゼロゼロな子を落とすために、狙ってやってるんじゃないのほんと! 

 ああもう、地上で貰ったラブレターなんかよりもキュンキュン来ちゃう! 来ちゃってるぅううう!!


「……そういえば」


 のぼせかけていた恋愛脳れんあいのう一先ひとまず横にいて、私は改めて意識が途切とぎれる前の――何やらずかしいこととか隠してきたこととかを赤裸々せきららに語ってしまった記憶もいて――いえ、おけないわねこれ。なにこれめっちゃ恥ずかしい。


「はぁあああああ!!!!」 


 ルードを前にしてあんなになさけない姿をさらしてしまったことにもだえる私は、ぐるぐると目を回してしまうほどもんどりを打った。


「って、そんなことしてる場合じゃなぁい!!」


 そんな感情も無理やり一先ひとまいておいて。


 あの時、私の前に現れた獅子面の魔物はどうなったのだろうか。

 あれほどの巨体と戦うとなれば、周囲への被害ひがいは逃れられない。私の隕石いんせきの範囲外をえて倒壊とうかいしているビルが遠くに見えるということは、あちら側に戦場をうつしたのでしょうけど……戦闘音が聞こえない? ということは、戦いは終わったのかしら。


「……体に痛みがない」


 おもむろに立ち上がった足に痛みがないことに気づいて、私は再びルードの顔を思い浮かべた。


治療ちりょうもしてくれてたのね」


 思い浮かべたのは、三日前に私の体を治した薬効団子なる薬。少し苦みが強くて、甘味かんみとしては最低評価の一品。しかし、薬として見れば最高品質の高級ポーションにも並ぶ恐るべき秘薬ひやく


 だからこそ、私はルードに感謝をしつつ――感謝をしつつ? 


「……いやね、もうあの男のことを嫌いなんて言えないじゃない」


 私はいままであの男を敵として扱ってきたが、そんなことを忘れて私はルードに感謝を伝えようなんて思っていた。


 もう、私の中でルードは、そんなにも気さくに感謝を伝えるような相手ということになっているらしい。


「まったく……」


 その言葉は、ルードに対してか、それとも助けられただけでころッと落ちてしまった私に対してのモノのなのか。


 どちらにせよ、私自身にすら真意しんいのわからない溜息ためいきを吐き出して、遠くの戦場を見やった。


 その時だった――


「がぁ……!!」


 私の元へと高速で飛来してきた人型の瓦礫がれき――いや、それは正しく人間であり、そしてそれは私の知る男であった。


「ルード!?」


 突如とつじょとして飛んで来たルードに思わず名前を呼んでしまう。前までは、名前を呼ぶことなんてなかったのに――


「コルウェットか……よかった、起きたんだな。だが状況は全くよくない。早くここから逃げてくれ。あの獅子面よりも、よっぽどやばい奴が近づいてきてるから……!」


 そういうルードは、ボロボロの体を無理矢理むりやり動かして立ち上がった。

 ルードの実力がどれほどなのかを私は知らないけど、そんなルードが一方的にやられてる。そんな状況に私は一人戦慄していた。


 その上で、彼の言葉に驚いた。私じゃ手も足も出ないどころだった獅子面よりもやばいって……


「来たか」

「……え?」


 遠くを見つめるルードの言葉に誘われて、私もそちらを見てしまう。

 そこに居たのは――


「あれーなんかいる。あ、そういえばいたっけね、君」


 そこに居たのは、私をここに突き落としたあの補給員の女だった。


「え、どうして……あんたがここに……」

さっしが悪いなーコルちんは。君をここに突き落として、このダンジョンには何が起こった? 門番が倒されて、ダンジョンボスが解放されて~……」

「……まさか、私を操って、あなたがこんなことをさせたの?」

「違う違う! 街の中央に行ったのはコルちんの判断はんだんだし、門番を倒したのもコルちんの実力だよ! ただ私は、コルちんをここに突き落としただけ。そうしたら、こうなることを――コルちんがここまでしてくれることを知ってただけ」

「おい、気を付けろよコルウェット。あいつは未来を見る。だから――」


 あの女を前にして私は怒りを覚えていた。

 ルードにいだいていたものとは違う、別種べっしゅの怒り。お前がこんなことを――あの崖から突き落とさなければ、私は――なんて怒りを抱いていた。


 いや、というよりも――あんなに軽々と語る彼女に、私は利用されて、死にかけたのかという理不尽りふじんに、私は怒っていた。


 だから、だから――


「ルード、私も戦うわ! できることは少ないけど、あんたが助けてくれたみたいに、私も――」

「あっそ、なら死んじゃっていいよコルちん」

「――っ!?」


 戦うと、助けられたおんを返すと言って立ち上がった私の耳に届いた女の声。そこで私は――


「嘘、でしょ……?」


 女が、私の胸を貫いていることに気づいた。


「コルウェット!!」


 

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