第29話 獅子面の悪魔
でも、そんな
スプーンのような見た目をした魔物だって? そんなものよりも、もっと
あれは
あれは私を強くしてくれるための試練じゃない。この先に進むための
細長いしっぽが
それは床に空いた奇妙な穴へと吸い込まれ、そして消えてしまった。
そこで、私はやっと気づいたのだ。
今のは、ただの階層ボスであったことを。
ボス。それはダンジョンに
おそらくは、今の銀色の魔物こそがその階層ボスであった。となれば、今しがた聞こえてきた扉が開く音は、あの男が強くなった原因ではなく――次の階層へと続く扉が開いた音に違いない。
でも、じゃあ、どうして――
「なに、この魔力は……」
あの魔物との死闘で私の魔力は
だからこそだろうか。ただ扉が開かれただけなのだというのに、ここまで恐れてしまうのは。
怖い。全身が
だから、どうか、お願いします。
この恐怖が
決して――
「扉の底から、何も出てこないで……」
震える体を抱いて、私はそう
ああ、ああ。
そうして最後に、私は気づいてしまった。
あの扉の魔力が一層
あの扉の奥底から、この低国ヴィネを地中に閉じ込める
『あ、街の中央には近づくなよ!』
あの男のあの言葉は、真に私の心配をしてくれたから
アイツにとって私は、13層から突き落とした
「あ……」
終わった、と私は感じた。目で、肌で、音で、魔力で、魂で。
地面に取り付けられた門から
恐るべき魔物。この低国ヴィネに巣食う最悪の怪物。
知っていなくともわかる。理解できずとも教えられる。
その
この六腕獅子頭の魔物こそが――
――我こそが、このダンジョンの主であると。
『……』
その魔物は人の形をしていた。
「あっ……」
そんな魔物の目が私を捉える。その瞬間に――
――私の息は止まった。
いや、ただ息を止めただけだ。たとえ話として息を引き取ったとか、その命が失われたとか、そういう意味ではない。
ただひたすらに、そしてひたむきに、私は息を止めてしまったのだ。呼吸を忘れたと言ってもいいかもしれない。
ああ、なんてことだろうか。
呼吸をしなければ人間など、数十秒と経たずに死んでしまうというのに、私の体は目の前の魔物を、そんな数十秒のための呼吸よりも優先すべき対象として認識してしまったらしい。
全身全霊を使ってその
だけど、すべては無駄なことだ。
最初からわかっていたのだ。この魔物が姿を現した時から――いや、この魔物が
絶対に、私が生き残ることなんてできないって。例え魔力があったとしても、たとえ体力が残っていたとしても、たとえ
そして、天地がひっくり返ったとしても、私は生き残ることができないと。
世界が
その中で、何万分の一に
ただそれだけで離れた私の場所までかの獅子はたどり着き、その六本腕の一本を振り上げた。
ああ、ああ。
終わる。私の人生が終わる。ここまでひたすらに走って来た
その最後の時の中で私は――
「あぁ……」
泣いていた。
「なんで……なんで、私がこんな目に……今まで頑張って来たのに……」
遊ぶことは許されなかった。
私は――
「コルウェット。お前さ、運がいいとか言われない?」
「……え?」
死を覚悟して閉じた視界の先で、聞き覚えのある声が私の頭を
止めていた呼吸が戻る。失われた時間を取り戻すように激しくなる呼吸の中で、私は男の手に抱かれていた。
「今度は半日ぶりだな。んで、これはどういう状況だ?」
そこに居たのは、よく知っているはずなのに知らない男。
私がゴミと、無能と、寄生虫と言っていたはずの、何も持たない持たざる者。
「なんで……なんで、私を……」
「なんで私を助けるのかって? 決まってるだろ。俺はお前の苦労を知ってるからだ」
死の
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます