第30話 報われたかったんだ


「俺はお前の苦労くろうを知っているからな」


 余裕よゆうをもってそんな言葉を口にするが、正直こうして話している余裕なんて全くない。


 傷だらけのコルウェットの無事を確かめてから、俺は改めて瓦礫がれきの向こう側に立つ魔物を見た。見覚みおぼえのある獅子の顔。六腕ろくわんの怪物を見て、俺は不在ふざいのヴィネの姿を思い浮かべた。


「いや、関係ないか」


 このダンジョンと同じ名前を持ち、人間にあらざる悪魔ヴィネ。自分は試練を与える側だとかたる彼女が、あの魔物と無関係とは思えない。しかし、そんな連想れんそうゲームに付き合ってられるほど、あの魔物に隙を作ることはしたくなかった。


 恐ろしいほどの魔力がほとばしるあの魔物を前にすれば、呼吸すら忘れてしまいそうだ。


「……ねぇ」


 そんな中、俺の腕におさまっているコルウェットが、弱弱よわよわしげな声を震わせた。


「わかってないくせに、知ってるなんて言わないでよ……」


 コルウェットらしくない、あまりにも覇気はきのない言葉に目を丸くしてしまう。

 きっと、それだけ彼女の心は、あの魔物を前にして壊れかけてしまったのだろう。だからこそ俺は、できるだけ優しく声をかけた。


「知ってるさ。身勝手みがって期待きたいと、更に身勝手な失望ぐらいはな」

「え……?」


 俺は知っている。天賦スキルは望んで選ぶことはできないことを。


「それなりに裕福ゆうふくな家庭ってさ、子供にいろんなものを与えるんだ。だけど、外に出ちゃいけないんだよな。本とか、剣とか、筆記用具とか、天賦スキルを使うためのモノばっかり押し付けられて、外で遊ばせてくれやしない。あれも駄目だめこれも駄目だめ。外の景色にあこがれることすら禁止されて、真っ暗な部屋の中に閉じ込められる。んでもって最後は、期待外れだと追い出されるんだ。ま、そこはお前とは違うかもしれないけどさ」


 かつての記憶。かつての経験。ああ、そうだ。


 俺も、期待きたいされた口なのだ。


 天賦スキルは一万人に一人といわれる確率かくりつでしか所有者が現れない。そもそも所有していない人間の方がいいのだ。そして、二つも天賦スキルを持っていようものなら、神童しんどうあがめられるほど。コルウェットのように貴重きちょうなスキルの所持者もまたしかり。


 そんな世界に生まれ落ちた、天賦スキル四つ持ちが俺だった。


 期待されないわけがない。しかも、所有するスキルのすべてが〈不明〉なる闇のヴェールにつつまれていて、しかも謎のジョブにまでいている。


 千年に一人の逸材いつざいだと言われて――そして、俺はてられた。


 一向いっこう開花かいかしないスキルに、あるいは通常スキルすら覚えることのできない才能のなさに、俺の親は身勝手に失望したのだ。


 だから俺は家を出ていった。その先で冒険者となり、現在ソロモンバイブルズのリーダーであるエルモルトにその隠されたスキルを見出されて、そしてまた捨てられた。


 俺は二度期待されて、二度捨てられている。


 だからわかるのだ。わかってしまうのだ。


 期待という重荷が、どれほどその身を苦しめるのか。そして、その重荷を背負っているとき――ハリネズミのように周りを傷つけてしまうことを。


「頑張ってるのにって言っちまうんだ。頑張ってるのに認められない。頑張っているのに功績を残せない。そうやって、そう言って、頑張りが足りないからって考えをあらためて、んでもってもう一度頑張って走り出す。だってのによ、周りは勝手に認められてくんだよなぁ。自分よりも技術で劣ってるのに、自分よりも努力で劣ってるのに、自分よりも――なんて考えてさ。にくたらしくてしょうがないんだ。こっちは遊ぶことも休むこともてて頑張ってるってのに、ぽっと出てきて追い抜かしてくんだから」


 人の努力をはかることなんてできやしない。だけど、努力を認められたくて頑張って来たのに、誰にも見られないことは苦しいんだ。


 それに、俺を追い抜かして言った奴が俺よりも努力したってだけならまだいいんだよな。


 だってさ、俺の後ろであぐらをかいてる分際ぶんざいで、俺の頑張りを馬鹿にしてくる連中だっているんだから。


「そんでもって笑うんだよ。そいつだけじゃなくて、追い抜かしもしないのに、努力もしてないくせに座り込んでるやつらがさ、人差し指を立てて俺のことを笑うんだ。『努力が足りないんだよ』とか、『そんなに頑張ってバカみたいだな』って」


 人生をかけてついやしていた時間を否定されて、人生をかけてみがいてきた魂をけなされて、腹が立たないわけがない。


 そりゃそうだよな。コルウェットだって、あんまりにも重い荷物を背負わされて、血のにじむ様な特訓をして、やっとソロモンバイブルズに入ったってのに、何にも持たない無能がが物顔で所属してたんじゃ、やるせなくなるのも仕方がないよ。


「だけど、一人でかかむんじゃねぇよコルウェット。期待に応えるのも、期待のために頑張るのも、一人じゃないとできないかもしれないけど……疲れたなら疲れたって言っていいし、嫌なら嫌だって言っていいんだ。お前にとってゴミでクズで卑怯者ひきょうものな俺だけど、お前の苦しみなら分かち合えるから。だから、こんな俺でいいのなら、こんな俺でもいいから、ため込んだものを吐き出してくれよ。……俺は、頑張ってきた奴が報われないのだけは嫌なんだ」


 この世界は、努力がむくわれるようにはできていない。必ずむくわれる努力なんてないんだ。


 だけど、だからといって、その努力を否定していいなんて理由は無い。


「……ルード……私、頑張った」

「ああ、そうだな」

「ほんとは遊びたかった。窓の外にうつまちに居た子供みたいに、綺麗きれいなお洋服を着て、お日様の下を散歩して、好きな男の子に恋をする。そんな普通を、私は歩きたかった」

「誰だってそうだよ。あたりまえだ」

「だけど、お母様が好きだから。お母様の期待に応えたかったから……私は、偉大なお父様とお母様の子供だから、頑張ったの」

「ああ、そうだな。だからお前は、ここのダンジョンの階層ボスを倒せたし、13層の安全地帯を作るきっかけになれたんだ」

「でも、誰も認めてくれなくて……誰も、私を見てくれない。私の後ろにある、お金と地位ばっかりの男が、私の歩いてきた道を踏みにじって……私は、私は……」

「……………………」

「私は、むくわれたかった」


 俺の腕の中にいる彼女は、俺の知らない少女であった。


 いつも自信満々に肩で風を切って、何でもかんでも一人で解決してしまうような勝ち気な態度はどこにもなく、そこに居るのはただ一人の女の子だった。


 そんな彼女が流す涙を、悔しいと、報われたかったとこぼすを嗚咽おえつを、俺は知っている。だってそれは、俺も通った道だったから。


「私は――」

「安心しろ、コルウェット。俺はここにいるし、俺はしっかりとお前を見てるから。『花炎姫エレガンスフラワー』のコルウェットじゃない。コルウェット・ムジナでもない。ただ一人の女の子を、俺はしっかりと見てるからさ」

「……ありがとう、今まで、ごめんなさい……」


 最後の最後で俺の胸に顔を寄せて、涙交じりの声で感謝を告げた彼女は、その意識を深い闇中へと落としてしまった。


 ただ眠っただけだ。呼吸を聞く限り、危険な状態というわけでもなさそうだ。


 だから俺は、彼女をゆっくりと降ろした。近くの瓦礫の、ちょうど眠れそうな場所に、ゆっくりと。


 そして俺は向き合うのだ。


「待っててくれてありがとよ。もしかして、お前って話が通じる奴だったりするのか?」

『………………』


 未だ沈黙する獅子面の魔物は、空気の読める奴だったようだ。

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