第27話 コルウェットという少女


「……〈花炎姫エレガンスフラワー〉」


 私の言葉に合わせて炎が咲く。これが私の天賦スキル〈花炎姫エレガンスフラワー


 炎の花を咲かせるスキルであり、その特性は炎の維持にある。本来、火属性の魔法は維持いじの難しい暴れ馬。だけど、私の扱う火属性魔法のすべては、この〈花炎姫エレガンスフラワー〉のおかげで大したコスト魔力も使わずにいくらでもその場にとどめて置ける。


 だから、普通の魔法使いよりも、一つの魔法に使う魔力が少なくてむのだ。


 それは上位や高位魔法を扱うときも同様であり、火力のれで魔物を圧殺あっさつするのが私の得意技だ。


「魔力さえあれば、勝てる……!」


 火力だけは誰にも負けない自信がある。どういうわけか、ここに来てから調子がいいし、今なら花騎士も五体までならいけそうだ。


 だから、だから――


「道を開けなさいよ!!」


 ―RAAAAAAAAAAAAA!!!


 私は、見たこともない魔物に向き合った。


 あまりにもいびつな魔物だ。たてになったスプーンのような胴体に、眼のような穴が二つとその穴よりも大きな口のようなものが一つ付いている、全身銀色の魔物。八対はっついの足を交互こうごに動かして、まるで虫のように地面をって、ブラックホールのような大きな口をこちらへと開けている。


 あの口の奥底おくそこから聞こえてくる鳴き声は、悲壮ひそうさけびとも、歓迎かんげい挨拶あいさつにも、たかぶりのファンファーレにも聞こえてくる。


 気味が悪い。


 でも、私は負けられない。

 だって――


「お母様の期待に応えないといけないのよッ!」


 私は、あの日誓ったんだから――



 ◆◇



 コルウェット・ムジナの半生は、まるで奴隷のようだった。


 裕福ゆうふくな家庭では、所持スキルの有無を確かめるために幼少のころにスキルチェックが行われる。一般的な家庭ならば、10歳を迎えた頃にそれは行われ、それまでの行動で身に着けたスキルや、所持する天賦スキル、あるいは本人の希望によってジョブを決めていくのが習わしだ。


 ただ、裕福な家庭はできる限り最高の教育をほどすために、5歳の時にスキルチェックを行うのだ。


 そして、そこでコルウェットの天賦スキルは明らかになった。


 魔力消費を抑えることができる魔法系スキル。それも、火属性魔法の威力を大幅おおはばに底上げするだけではなく、火属性の欠点を克服こくふくした強力無比きょうりょくむひな天賦スキルである。


 そもそも、天賦スキルの所持者は一万人に一人しかいないとされており、もちろん外れスキルも多い。そんな中さずかった強力な天賦スキルを見た彼女の母親は――


「いい? コルウェット。あなたは強くなるの。誰よりも、何よりも。強くなって、強くなって、強くなって――その名前を歴史に残すのよ。ジーナ・ムジナの娘として」


 母親は、自らの地位を向上させる道具として娘を見た。


 冒険者という花形はながたは、ダンジョンにもぐ功績こうせきを上げることで、多額の報奨金を国から貰うことができる。コルウェットの家系もその一つであり、一代にて一財を築いた冒険者の子供こそがコルウェットであり、。そんな成功した冒険者に嫁いだのがコルウェットの母親ジーナであった。

 その目的はもちろん名声である。有名人の妻という肩書かたがきを彼女はほっしたのだ。


 そして、次に彼女が求めたのは、英雄の母親という肩書だった。


 夫ですら持ちえなかった最強の天賦スキルを持つ娘ならば、と彼女はコルウェットに対して期待したのだ。


 様々な魔法を覚えさせ、多くの戦い方を学習させ、あまたの社交術しゃこうじゅつを身に付けさせた。


 毎日が習い事の日々に休むひまなど存在せず、一言でも親に歯向はむかうようなら、真っ暗なお仕置き部屋に一日閉じ込める。


 まるで親の人形のような日常。それが、コルウェットの半生だ。それは、彼女の母親が病気をわずらって死ぬまで続いた。


 病床びょうしょうしてまで、ジーナはコルウェットをしばり続けたのだ。


 ただ、それでも――


「いい、コルウェット」

「はい、お母様」

「立派になるのよ。あなたは、私の娘なんだから」

「はい……お母様……ありがとう、ございました」


 ジーナが息を引き取ったその瞬間、コルウェットの目から涙がこぼれ落ちた。

 ああ、そうだ。そうなのだ。


 自分の名誉めいよのために娘をしばり付けていたジーナを、コルウェットは愛していた。母親として、家族として――ダンジョンで死んでしまった父親の分まで、しっかりと愛していたのだ。


 だから彼女はちかった。


 立派になれと自分期待してくれた母親のために。顔も見たこともない父親のために。天国にいる二人にも聞こえるぐらい名を広めようと――


 誰もが知る英雄になると。



 ◆◇



「〈花騎士エレガンスナイト!!」


 私の声に合わせて、みだれる炎をまとった花騎士が、銀色の魔物に向かって攻撃を開始する。立ち並ぶ花騎士の数は五。その内、二人が前へと進み、残る三人が私を守る防御の型だ。


 ―IAAAAAAA!!


 身の毛もよだつ咆哮ほうこうが上がり、花騎士たちが魔物の長く伸びたしっぽの一撃で吹き飛ばされてしまう。


「……いや、ってない!」


 だけど、花騎士の花弁かべんってはいなかった。三日前にゴブリンもどきを相手にした時は、ただの一撃で破壊されていたのに――まさか、近づいただけで強くなってるというの?


 なら、あの男が言っていたことも、やっぱりあの男が私をここに近づけさせなかったのは、力を与えないためだった?


 いいじゃない。ここを乗り越えれば、私も――


「――っ不味!」


 私も強くなれる。そんな期待を胸にしたその時、確かに私は油断していた。してしまったのだ。


 ―LAAAAAAAAAAAAA!!


 それは、回避不可能の音波おんぱ攻撃。衝撃を伴う不協和音が、油断してしまった私に襲い掛かって来たのである。

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