第26話 異変炸裂


 その異変に気付いたのは、魔力特訓中のことだった。


「……相変わらず微動だにしねぇな、この人形」


 『体で覚えよう魔法君』なるこの人形だが、魔物を相手にある程度戦えるほどには、魔力を使った肉体強化ができるようになったのだが、だからと言ってこの人形を簡単に動かせるわけではないらしい。


 俺の足の一撃は、あのゴブリンもどきの体を数メートルは弾き飛ばすことのできる威力を持つ。

 ただし、ただ力で押すだけではダメ。魔力を使った肉体強化を行いながら、その上で足に魔法をまとわなければいけないらしい。


「メモでも読み返すか……」


 そうして特訓の成果せいかまりを感じたとき、俺はヴィネが残してくれたメモを読み返す習慣しゅうかんができてしまった。


『肉体強化のコツは、魔力が体全体をめぐるイメージをすることだ。ただし、ただめぐっているだけじゃだめだ。頭の中にる魔力の塊から、小さな魔力を切り分けて、首を伝って全身に循環じゅんかんさせてから、もう一度頭のところに戻っていく。そんなイメージをするんだ』


 魔力を肉体を稼働かどうさせるための燃料と考えて、それを効率こうりつよく消費しょうひすることで、飛躍的ひやくてきに身体能力が向上する。それが魔力を使った肉体強化だ。


 れれば無意識的に肉体を強化することができるようになり、意識的に魔力を循環じゅんかんさせれば更に何倍もの力を発揮はっきすることができる。


 どうやら基礎訓練中に、俺は無意識でこれを身に着けていたらしい。まあ、肉体強化の訓練は、ソロモンバイブルズの時からある程度はしていた鍛錬たんれんの一つだ。無能な俺でも、何かを手に入れられるかもしれないってな。


 どうしてここでその力が開花かいかしたのかは――まあ、心当たりのあることが多すぎてわからないが、ヴィネいわく、ダンジョンの奥深くだからだそうだ。


 ダンジョンの核が放つ瘴気しょうきは魔物を強化する。瘴気とは、そういった魔物に作用する特殊な魔力のことを指しているのだが、ヴィネが言うにはこれは人間にも作用するらしい。


 おそらくはそういう ルールなのだろう。


 難易度の高いダンジョンで鍛錬するほどに、強力な力が手に入る、と。そしてここは172層。それも、世界有数の最高難易度の巨大ダンジョンの深層である。


 しかも俺は、人間のルールから外れた規格外きかくがい。絶対に変な作用が――それこそ、裏技のようなものが起きているに違いない。


 まあ、結果俺が強くなれるのならば問題ないな。


 ただ……この力が、悪い方へと転ばないことを祈るしかない。


 さてさて、閑話休題かんわきゅうだい閑話休題かんわきゅうだいっと。


 俺にとっていま大事なのは、肉体強化ではなく魔法だ。

 どうにも俺は魔法がとても苦手なようで、はっきり言って成功の兆しが見えない。


 しかも、意識的に肉体強化を行いながらとなると、それなりの集中力が必要だ。そもそも魔法の使えない俺には無理難題が過ぎる。


 それでも、ヴィネが俺にできると言ってくれるのならば、俺はその期待に応えるまでだ。


 さてと。改めて、俺は魔法のコツを確認する。


「魔法のコツは――」


 その時だった。


―AAAAAAAAAAAAAAAA!!!!


 聞こえてきたのは、耳をくような怪音。それこそ、このあまりにも巨大な低国ヴィネ全体を揺らすような騒音兵器が、俺の鼓膜こまくをドンと力強く叩いてきたのである。


「なっ……ッんだよこの音!!」


 思わず耳をふさいだ後にれ出てくる文句。いったい何事かと音のする方を見て、俺は青ざめた。


 なぜならば、あの方向は――


「街の中央だ」


 魔法の訓練のおかげで感知できるようになってきた魔力がうなりを上げている。恐ろしいほどに濃密のうみつで、おぞましいほどに不気味ぶきみで、おどろおどろしいほどに莫大ばくだいな魔力が、低国ヴィネの中央で爆発していたのだ。


 明らかな異常事態。少なくとも、この半年間に一度も起きたことのない異変に、俺は言葉を失った。


 それから数拍すうはく遅れて、とある存在を思い出す。そして、その存在に向けて俺が放った言葉も、思い出した。


『あ、街の中央には近づくなよ!』


 おせっかいを焼きすぎるあまりに、飛び出てしまった余計な一言を俺は悔やんだ。


 確かにあいつはだけど、あいつは俺に対して敵愾心てきがいしんにも近い対抗心たいこうしんを抱いている。そんなことを言えば、歯向かってやろうと息巻くのは当然だ。


「ああ、くそ……! あいつのことは気に入らねぇが……なにも、死んでいい人間なわけねぇんだよ!!」


 この世界には、どうしようもない悪党は存在する。俺はそのことを。だからこそ、あの女の子は違うと声を大にして言うことができる。


 コルウェットが、死んでいい人間じゃないことも、だ。


 だから、俺は走った。自らが撒いた種を拾うために。


 間に合えと、ちょうど三日前に願ったように、俺は再び願うのだった。

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