第25話 私にできること


 三日が経った。


 私がここに落ちてきてから、三日というあまりにも長い時間が過ぎ去った。


 その中でひたすらに感じていたのは、屈辱くつじょく焦燥しょうそう


 無能とさげすんでいた男に介抱かいほうされ、その男の家で食事まで作ってもらっているという事実。13層に安全地帯セーフルームを作り、『花炎姫』とまでうたわれた私が、どうしてこんな仕打ちを受けなければいけないのか


「いや、あいつはもう――」


 あいつは――ルードは、もうゴミではない。


 少なくとも、この深層172層の魔物を軽々しく一撃で吹き飛ばせる身体能力は、無能とさげすんでいいものじゃない。


 私がここに落ちて来た時に見たあの魔物。ルードはゴブリンもどきと呼んでいたが、あれは地上出てくるゴブリンなんかと比較ひかくしていいものじゃない。


 間違いなく第一級危険指定の魔物であり、地上に出現すれば国をげての討伐が行われるような災害だ。


 そんな魔物を相手にして、ルードは軽々と逃げてしまった。それも、私のような荷物を抱えて。確かにあのゴブリン擬きの見た目は、お世辞せじにも早そうとはいえない筋肉の塊だった。


 しかし、自分に襲い掛かってきたあの機敏きびんさを見れば、あの魔物は簡単に逃げられるようなものではないことは明白で、それから逃げ出すどころか、不意を突いたとはいえ一撃を入れて遠くへと吹き飛ばしてしまった。


 そんなことをできる人間を、何も持たない無能なんて言うことはできない。


 だからこそ、私は――


「なんで……あんな奴が!!」


 私は、のどの奥底から湧き出てくる怒りを噛みしめて、そんな言葉をらした。


 あいつは、ソロモンバイブルズに巣食すくう寄生虫だった。名だたる実力者にまとわりつくゴミであり、何もできないゴミそのもの。昔からそこに居たという功績こうせきだけで、パーティーメンバーが汗水を流して手に入れた報酬を横からかすめ取っていくクズだ。


 そんな奴だから、私は13層の崖からあいつを蹴り落とした。だというのに――あんな、何もしない奴が、どうしてあんな力を持っているのかわからなかった。


 ずるいとさえ思った。いや、ずるいとしか思えなかった。


 私の知らない裏技でも使って、姑息に強くなっているとしか思えない。


「……そういえば」


 ふと思い出したのは、あの男の家を出る前に交わされた会話。


『あ、街の中央には近づくなよ!』


 その中で、最後に私に伝えられた警告。


「街の中央……」


 あのおせっかい焼きのことだ。シンプルに危険だから伝えてきたという可能性もある。でも、もしこれがあの男が急に強くなった原因がある場所だとしたら?


 何もできなかった無能が、たった半年で第一級危険指定の魔物を相手に大立ち回りができるような戦士になったのだ。それこそ、鍛えただとか、そんな生温い理由じゃ説明しきれない。


 だからこそ、私は――


「もしかしたらそこに、強くなれる何かがある?」


 私は、それに縋った。


 あの男は街の中央と言っていた。街とは、おそらくこのダンジョン――低国ヴィネの172層の風景を指して街と言っているのだろう。


 確かに、巨大なビル群の並ぶこの景色は街並みと言って差し支えない場所だ。そして、その中心部というと――あの、まるでそんな背の高いビル群が首を垂れる様に低くなっている場所のことをいうのだろう。


 ああ、そうだ。


 行くな、とは行ってほしくないということだ。それはつまり、自分がやったを、他人に見られたくないという気持ちの裏返しなのだろう。


 だから、私は足を踏み出した。


「街の中央……そこにたどり着ければ――」


 あの男があそこまで強くなれたのだ。私がその力を手に入れたら、いったいどれほどまで強くなれるのだろうか。


「そうしたら……そうしたら……」


 遠くに行ってしまったお母様に、私の名は届くのだろうか。


「……」


『一応、安全地帯セーフルームの外に出ないように気を付けろよ。ま、コルウェットの実力なら大丈夫だと思うけどな』


「ふふ……すぐ、そんな冗談を言えなくしてあげるわ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る