第23話 背に腹は代えられない


 おぼろげな記憶。


 はるか過去に話した、母親との記憶。


「コルウェット。あなたは優秀なスキルをもって生まれたの。だから、わかるわよね?」

「はい、お母様」

「朝の五時から魔力の増強ぞうきょう訓練をするのよ。そして、八時からは講師こうしを呼んでいるから、必ずお勉強をするように。一か月ごとにテストをさせるから、そこで満点を取れなかったら――わかって、いるわよね?」

「はい、お母様。お母様の子供として、その名に恥じない態度で勉学にはげませてもらいます」

「わかってるならいいのよ」


 実の母子だというのに、そこにあるのは愛情と表現することは難しいつながり。


 手を伸ばして抱きしめてほしいのに、突き付けられるのは本の山。ムジナ家の才媛さいえんとして、彼女は――



 ◆◇



「――っ!」


 嫌な夢を見た。


 そう思いながら起き上がったのはコルウェットだ。寝起きの頭をらしながら、彼女は朧げな記憶をたどる。


 ああ、そうだ。確か、私は13層から落とされて――


「お、やっと起きたかよ」

「ねぇ、ゴミ。可憐かれんな女子の寝姿ねすがたの隣に居るなんて、飛んだマナー違反だと思わないの?」

「つっても、ここ壁全部取っ払ってあるから個室がねーんだよ、我慢がまんしてくれ」


 この男、ルードに助けられたのだった。


 コルウェットがゴミと呼ぶルードは、彼女の記憶が正しければ、ゴミと言って差しつかえのない実力しか持ち得ない無能だったはずだ。


 それこそ、肉体強化も魔法も使えず、一切のスキルも覚えられないろくでなし。どういうわけかソロモンバイブルズに入っていたが、それもおそらくはパーティー創設そうせつ時に居た古参こさんとして居座いすわっていただけなのだろう。


 そう、思っていた。


(じゃあ、あの時の姿は何なのよ……)


 あの時――コルウェットが172層へと落とされてから、深層の魔物に襲われたあの時、彼女を助けたあの一撃は、間違いなくコルウェットの知るルードでは放てるものではなかった。


 そもそも、どうしてがけから蹴り落としたはずのルードが生きているのか、からして疑問ぎもんだ。


 もしや、ここは死後の世界なのでは? なんて思ってしまうが――


 ―くぅ……


「っ!?」

「あ、腹減ってんのか? まあそりゃ半日も寝てたしな。裏に畑があるからなんかとってくるよ」


 お腹がくぅなんて情けない音をたてている以上、ここは死後の世界ではないことは間違いない。となれば、目の前のルードは、ルードのかわかぶった偽物にせものか? それも違う。


 あれほどまでおせっかい焼きなところまで再現できるはずがない。


 そもそも、だ。


「なんで、こんなことに……」


 コルウェットは、自分自身が情けなくて仕方がなかった。

 ソロモンバイブルズの一員としての実力を磨き、どんな魔物が来ようとも焼き殺してやるという自信をもって挑んだダンジョン攻略。まさか、たかが補給員の一人によって崖から突き落とされ、そして深層の魔物になすすべもなくやられてしまい、果てには自分が無能とさげすんだ男に助けられている。


 そんな現状を、彼女はなげいていた。


 落ちるところまで落ちた、と。


 果たして自分は13層からどれほどの距離を落ちてきてしまったのか。50層? 100層? わからない。だからこそ、彼女の胸には不安が押し寄せてくる。


 自分はこれから、どうしたらいい? 

 どうしたら――どうしたら、私はまた


「おい、これでいいか?」

「……なによ」

「飯だよ飯。腹減ってるなら食っていいぞ、それ」

「ふんっ、まさか自分がこんなところまできて、無能の作ったものを食べなければいけないなんて思いもしなかったわ。ま、こんな物でも食べ物は食べ物。食べてあげ――……なによ」


 コルウェットがルードから食事の器を受け取ろうとしたその時、すいっとその器は下げられた。


「いやさ、流石に態度たいどってもんがあるだろ」


 どうやら、コルウェットの態度が腹に据えかねた様子。いや、どちらかといえばやさしさか? 食べたくないと言っているのなら、無理して食べなくてもよいとでもいうのだろうか。


「そう? 私としては、こんな得体の知れな場所で育てられた、得体のしれない食べ物で作られた、得体のしれない料理ってだけで口に運ぶのにもおっくうになるのに、食べてあげるだけ感謝してほしいぐらいよ」

「それはまあ……言えてるな。だが、ダンジョン探索で食料を現地調達するのは当たり前の行動だろ?」

「あら、無能の分際でダンジョン探索をいっちょ前に語るなんて生意気ね」

「うるせっ。……まあ、要らないならいいよ。これは俺が食っておくから」

「ふんっ、次はシーザーサラダでも作ってくることね」


 下げられる器。それを見て、コルウェットは――いや、コルウェットのおなかがまたもやくぅと音をかなでた。


「……」

「……」


 雄弁ゆうべんな彼女のおなかとは違う、あまりにも静かな沈黙ちんもくが場を支配する。その中で、ルードは言った。


「やっぱり食べるか?」

「……食べる……食べさせてください……」


 なんとも情けない姿だが、そして屈辱くつじょく的な姿だが、コルウェットとて女の子。おなかが空いては力が出ず、背に腹は代えられなかったらしい。


「……意外と美味しい」

「だろ?」


 そうしていそいそとお腹を満たしたコルウェットは、悔しそうに言葉をらすのだった。

 

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