第21話 花炎姫の最後


 浮遊感ふゆうかん不快感ふかいかん


 落ちていくという恐怖と、地に足付かない不安が、絶賛ぜっさん13層から深層へと真っ逆さまに落ちていくコルウェットに襲い掛かった。


「なによ……!!」


 理解できない。理解したくない。

 褒めたたえたのはすべて飾りで、近づくためのおとりだったなんて。


「ふざけんな……!!」


 負傷者を出したのは悪かったと思ってる。でも、だからと言ってこれは無いだろうと、コルウェットは声を大にしてさけぼうとした。


「なんで……私が……!!」


 しかし、その言葉よりも先に出たのは、落ちていく自分をなげく言葉だった。


「私は頑張ったのに……なんで、あんな奴らのために死ななきゃならないのよ!!」


 遅れて出てきたその言葉に力は無く、落ちた先で死んでしまうだろうという恐怖が彼女を包み込んでいく。


 ああ、そうだ。あの時、自分が蹴り落としたあの情けない無能のように、自分は落ちた先でぐちゃぐちゃになって死んでしまうと。


 それだけは嫌だった。自分は頑張って来たのに、あんな無能と同じ死に方をするなんて――


「『花炎姫エレガンスフラワー』!! 我、炎の妃たらん――『花炎放射エレガントファイア』!!」


 放たれるのは、彼女の代名詞ともいえる魔法系スキル『花炎姫エレガンスフラワー』。炎魔法の威力を何倍にも上昇させる効果を持つそれは、生まれた頃より彼女と共にあった天賦てんぷスキルだ。


 その効力も、その扱いも一級品。


 そんな強力なスキルから放たれた炎は下へと向けられて、落ちる彼女の落下速度を少しだけゆるやかなものにした。

 だが――


「た、足りない……!?」


 ロケットが地上に降り立つとき、エンジンを逆噴射させてゆっくりと下降していく。どうやらコルウェットもそれと同じことをしようとしたが、そう上手くはいかなかったようだ。


「で、でも、これなら!! もう一回、『花炎姫エレガンスフラワー』!!」


 それでも、まとわりつく浮遊感がうすれて、彼女の落下速度は少しだけ緩やかになったのだ。ならば、生き残ることはできるかもしれない。


 あの無能のように、地面に叩きつけられてその生を終えることだけは、避けられるかもしれない。


「間に合えぇえええええ!!」


 魔力も根も使って叫ぶ彼女の体は、ついに深層――172層へと到達した。


「うっ……ぐぅ!!」


 バキボキと足の骨が折れる音が響き、あまりの痛みにコルウェットの口から漏れ出てくる。それでも叫び声を上げなかったのは、13層に安全地帯を築いた、冒険者としての意地だった。


 それでもなお、痛いものは。両足の骨が折れてるのだ、痛くないわけがない。それでも――


「い、生きてる……!」


 彼女は生きて、172層へとたどり着いた。


「は、ははは! 生きてる! 生きてる! あぁ……よかった……」


 死にたくないと願い、生きたいと足掻あがいた彼女におとずれたささやかなプレゼントに、心底しんそこ安堵あんどを浮かべるコルウェット。


 ただ、その幸運は長く続かなかった。


 ―gura?


 そこに現れたのは、偶然そこを通りかかった魔物であった。

 それは低国ヴィネの深層に生息する恐ろしき怪物。五メートルを超える背丈を持ち、ゴブリンともオークともとれる顔をした、筋肉の塊とも呼べる肉鎧をまとった人型の魔物である。


「なに……こいつ……」


 その魔物が放つ魔力は、13層で彼女が殺してきた魔物の比ではない。生物としての格が何段階も――いや、何十段階も違う威圧を、この深層の魔物は放っているのだ。


「いやだ……死にたくない……!」


 そう願ったコルウェットが無意識むいしきで『花炎姫エレガンスフラワー』を発動させたのは、不幸中の幸いだろう。少なくとも、彼女の寿命じゅみょうを数秒だけ伸ばす結果にはつながったのだから。


 振り下ろされるのは魔物が持つあまりにも巨大なこん棒。それだけで大地震を起こしてしまいそうな一撃が、足が折れてまともに立てない彼女に襲い掛かった。


 ただ、そのこん棒の狙いは逸れることとなる。コルウェットが発動した『花炎姫エレガンスフラワー』が持つ高位魔法『花騎士エレガンスナイト』が発動したからである。


 姫を守る炎の騎士が、迫る脅威きょういから姫を守らんとたてになったのだ。


 おかげで逸れたこん棒が彼女の隣の地面を割り、その衝撃でコルウェットは並び立つビルの壁際へと吹き飛ばされるのだった。


 花騎士たちが何とかしてつないだ命。しかし、だからこそ思い知った。


 勝てない、と。


 ここが低国ヴィネの深部であることなどコルウェットでなくとも理解できる。そして、これほどまでに恐ろしい魔物が存在するのだと、彼女は思い知らされた。


 ああ、流石は高難易度とうたわれるダンジョンだ。13層の魔物ならば、三体を同時に相手しても簡単に勝ってしまうような花騎士が、無造作むぞうさに放たれた一撃でほふられた今、重傷のコルウェットになすすべなんてない。


 いや、万全のコルウェットでも歯が立たないだろう。ソロモンバイブルズのメンバーが全員この場に居たとしても、果たして目の前の魔物を殺すまでに何人のメンバーが犠牲ぎせいになることだろうか。


「いやだ……」


 かろうじてつなぎとめられた命は叫ぶ。


「死にたくない……」


 死にたくないと。こんなところで終わりたくないと。


「誰か……」


 再び振り上げられた棍棒をなみだじりのひとみで見上げて、懇願こんがんするのだ。


「誰か、助けて――!!」


 ここは低国ヴィネの深部172層。人類の限界と呼ばれた16層よりも十倍深いこの場所に、彼女を助けてくれる人間なんて――


「間に合ったな! 飛び出せ必殺――〈魔法キック〉!!」


 ――居た。


 なんとも恥ずかしいネーミングセンスのなさを露呈ろていしながら、今しがたコルウェットを殺そうと棍棒を振り上げていた魔物をはるか遠くへと蹴り飛ばした男が現れたのだ。


「やっぱり、普通の魔物相手なら結構飛ぶんだよなー……ったく、ヴィネが作ったあれが特別なのはわかってるが、自信なくすぜまったく」


 そしてその顔は、コルウェットのよく知るものであった。


「よお。半年ぶりだな、コルウェット。元気にしてたか?」


 その男こそ、彼女が半年前に13層の崖から突き落とした無能。ルード・ヴィヒテンである。





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