第19話 奥深くへ


 低国ヴィネ。

 世界に九つある高難易度ダンジョンの一つであり、最終到達とうたつ層は16層。他の高難易度ダンジョンと比べて、特殊なダンジョンの仕様が極端きょくたんに少ないものの、単純に強力な魔物が複数登場するこのダンジョンの難易度は他八つの中でも上位に君臨くんりんするものであった。


 13層からガラリと変わる難易度もさることながら、13層にたどり着いて初めて見ることのできる低国ヴィネの全貌ぜんぼうは、その巨大なダンジョンのあまりにも広大過ぎる規模きぼに冒険者たちを絶望させる。


「作戦はこうだ。13層の安全地帯セーフルームきずいたベースキャンプから、がけを利用して下層へと潜る。前回の潜入せんにゅうでの威力いりょく偵察ていさつさいに運んだ荷物にもつがあっただろう? つまりは、準備じゅんびはすでにととのっているということだ」


 そんなダンジョンに挑むパーティが居た。そんなダンジョンに挑む人間たちが居た。


「さて、『低国ヴィネ』攻略第二陣と行こうか」


 ソロモンバイブルズのパーティーオーナーであるエルモルトはそう言って、二回目となるヴィネの深部を目指す作戦の始まりをげた。



 ◆◇



 さて、ここは低国ヴィネがほこる第12層。地下へと潜っていくこのダンジョンは、下へ下へと続く階段を目指して進む。重要なのは、どれだけモンスターに出会わないか、だ。


 ただ、この少女にはそんなことは関係なかったらしい。


「燃えろ燃えろ! ハハハハハ!!」


 『花炎姫エレガンスフラワー』コルウェット・ムジナ。五つに分けた13層を目指す補給班の護衛を任された、真一級冒険者である。


 余談よだんだが、冒険者のランクは十級~一級までの十段階と、準、無、真の三段階で区別されている。そして、真一級というのは、とある例外を除いて最高峰さいこうほういただきに立つランクとなっている。


 それはつまり、彼女が世界有数ゆうすうの冒険者であることを指すのだが――


「やめてくださいコルウェット様! それほどまでに強力な殲滅魔法を使っては、こちらにも被害が出てしまいます!」


 人格の方は、少々問題があったようだ。


「……ッチ…うるさいわね! 死にたいの!?」

「し、死にたくなんかございません! しかし、広いとはいえ洞窟どうくつ内でこれほどまでに巨大な魔法を使われては、いつ崩落ほうらくを起こすことやら……そ、それに! 先ほどの上位魔法でこちらの荷物が少し焼けたのですぞ! あなたの仕事は、我々を13層まで送り届ける、違いますか!」

「あーあー! わかったわよ! 私の仕事は、一人じゃダンジョンにも潜れないお荷物を抱えて下に行くことよ! これでいいわね!」


 冒険者の補給部隊と言い争うコルウェットだが、このように声をあらげて言い争うことは、13層を目指す数週間に渡る行軍こうぐんの中で何度も行われたことだった。


(まったく、守ってもらってる分際でギャーギャーうるさいわね! 自分の身も守れないような雑魚が!! 誰かの後ろを付いて回ることしかできないひっつきむしの分際で、私に指図するなんて……!!)


 口に出せばリーダーから怒られる手前、彼女は心に浮かべた文句を口にしない。しかし、意識せずとも態度にはわかりやすく表れていて、襲い掛かって来た魔物を蹴散けちらす攻撃がより荒々しくなっていく。


 彼女の得意技の炎魔法が魔物を焼き、その余波よはが後ろに付き従う補給員へと迫った。ひぃ! と彼らの間で悲鳴が上がるが、それを気にした様子もないコルウェットは、多少彼らの髪が焦げようとも何とも思わない。


 むしろ、全身炎に巻かれて焼けてしまえとすら思っている。

 なぜならば――


「なんと横暴な女なのでしょうか」

「あれでも真一級の冒険者。我々が敵うような相手ではありません。班長が焼け死んでいないだけ、まだましと考えるべきでしょう」

「しかし……」

「しっ、口をつぐみなさい。あんな人間でも、冒険者としては超一流。彼女が魔法を使わずとも、言葉一つで我々の首は簡単に飛んでしまうのです。ですから、ここは耐え忍びましょう」

「そうですね。性格はアレですが、見た目と実力は確かなモノ。ここにいたるまで、魔物相手に苦戦した様子はない。ならばこそ、帰りの道で彼女と同じ帰路きろ辿たどらないことをいのりましょうか」


 後方でひそひそと言葉を交わす補給員たちの言葉を、彼女はしっかりと聞いていたから。


 恐れと侮蔑ぶべつを込めて、嫌悪けんおを隠し立てもせず語る彼らの姿に、誰が好感こうかんおぼえようものか。すべては自業自得じごうじとくの結果だとしても、不愉快ふゆかいきわまりない。


 だからコルウェットは、後ろを見てつばを吐いた。守られている分際で、と。


(……あら? 一、二、三……九? 確か、私が受け持つのって八人じゃなかったかしら? いえ、そんなことどうでもいいか。一人減ろうが一人増えようが、私には関係のない話だわ。あーあ、早く13層につかないかしら)


 もし、ここで彼女がその存在に気づいていれば、違う未来がおとずれていたかもしれない。


 しかし、それも自分が守るべき補給員は九人であったと、コルウェットが認識にんしきしてしまった以上、訪れることのない未来になってしまった。


「ねぇねぇ」

「どうしましたか? さん」

「あの女さ……殺さない? 祈るなんて悠長ゆうちょうなことしてないでさ。そうすれば、帰り道におんなじ班になることなんてないんだよ」

「そ、それは……!」

「そんなこと許されるはずがないでしょう!」

「でもさでもさ、ここはダンジョンだよ? それも、とびっきり難易度が高い。だったらさ、超一流だろうが人一人が死んでいなくなっても、大した問題にはならないって」

「た、確かに……」


 未来を見る悪魔には、すべてがわかっていた。

 コルウェットが自分のことを気にしないことも、補給員たちがコルウェットをうとましく思っていることも、この会話が、コルウェットの耳にも届かないことも――


 彼女の運命の行きつく先が、どのような結末を導くかすらも、彼女は初めからわかっていた。

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