第18話 不穏燻る


 目の前に立つつぎはぎの人形をにらみつける。


 奴の顔は素朴そぼくなゴーレム顔。つぶらなひとみが可愛らしい、ぬいぐるみとして目の前にいてくれたら、思わず飛びついてしまうそうな見た目だ。


 そんな人形に対して、俺は右手を振り上げた。


「おらあああああ!!」


 渾身こんしんの一撃が炸裂さくれつする。基礎訓練によってきたえられた拳が人形の腹へと叩き込まれた。


 しかし、人形は微動だにしなかった。


「あはは! 全然動いてない~!」

「笑うなよバラム! しっかし、マジで動かないな……」

「肉体強化の方はうまくできてるんだけどな。魔法の方が少し足りてないみたいだ」


 そして、俺の特訓を見ていた観客が声を上げるのだ。一人は俺を笑い、一人は的確てきかくなアドバイスをともなって。


「肉体強化の方はできてるのか」

「ずいぶんと中途半端に、だけどな。おそらく、基礎訓練をこなすうちに、自然と覚えたのだろう。ただし、こっちもしっかりできるようにならないと目標の五メートルは飛ばないぞ?」

「そもそも少しも……一ミリも動いてないから、そこを何とかしたいんだけどな」

「まあ、まだ始まったばっかりだ。隠密訓練の時も、半年かけてクリアしたんだ。ゆっくりと覚えればいいさ」

「それもそうだな」


 思い返してみれば、基礎訓練も隠密訓練も半年かけてやっとできるようになったのだ。もう少し、気を長くしてのぞむべきか。


 しかし――


「がっつり、戦闘系の特訓がきたな」


 魔力運用の全部が全部戦いのためのものというわけではないが……この訓練は、間違いなく戦闘用のものだ。


 この訓練が終わった時、俺はどれぐらい強くなれるんだろうか。――できることならば、俺を172層に突き落とした、ソロモンバイブルズの連中に近づければいいな。


 あいつらがここに来るのはいつかはわからないけど、間違いなくあいつらはここ――172層まで来るだろう。13層の魔物と172層の魔物の強さがどれほど違うのかもわからない俺にとって、全員が一人で13層の魔物を簡単に倒せる実力を持つあのパーティは、間違いなく世界有数の強者と言っていい冒険者たちだ。今は無理なのだとしても、いつかはここに来るだろう。


 そんなあいつらを見返したい。あいつらの思惑おもわく通りに死にたくないなんて思っていた時から、できないとわかっていてもいだき続けたその感情に手が届くのなら――俺は、いくらでも頑張れる。


「気合が入ってるな、ルード。我は席をはずすが、ここに魔法と肉体強化のコツを書いておいたメモを置いておくから、はげむといいぞ」

「おう、ありがとな」

「見てるの飽きたし、私も~」

「あいよ」


 まあ、俺が特訓してるだけなのだから、つまらなくても仕方ない。そう言って離れていく二人を見送ってから、俺は特訓に戻るのだった。



 ◆◇



「ねぇ、ヴィネちん。君はルードをどうするつもりなの?」


 ルードの特訓場から離れた二人は、172層の道を歩いていた。何か目的をもって移動するヴィネの後ろをバラムが歩く。


 その最中さなかで、バラムがヴィネへと話しかけた。


「どう、とは厳密げんみつにはどういうことを指しているのだ?」

「言う必要ある? いや、いろんな意味で取られちゃうか、それだと。そうだなぁ……ヴィネちんはさ、彼に決めたの?」

「そんなわけないだろう」

「そんなこと言って~。ヴィネちんって、私たちの中じゃ引きこもりで有名なんだから、次のチャンスってなるといつになるかわからないよ~」

「だとしても、あいつを我の事情に巻き込むことはできないよ。だから我はこうして手を貸してるわけだしな」

「じゃあ、あの特訓は何?」


 バラムの疑問にまさかと答えるヴィネ。しかし、バラムはそんな彼女の態度たいどたしなめるように言葉を並べた。


 そして最後に、問い詰めるように聞くのだった。あの人形を使った特訓は何だ、と。


「ただの魔法と肉体強化の特訓だよ」

「いや、それはわかってるけど……でも、あれは魔法のスキルも持ってないような人間がこなせるような課題じゃない。あれは、


 人間が技を身に着けるための特訓で流していい代物しろものではないと、バラムはあの人形のことを語った。その言葉に、ヴィネは――


「そうだな……お主は、ルードを攻撃するとき、妙な技を見たか?」

「妙な技? 技って言うと……あの姿隠す奴? 確かにあれはすごいスキルだね」

「スキルか。まあ、そうだよな。我の目をもってしても姿を消してしまうあの技は、わな」

「……どういうこと、ヴィネちん?」

「奴はな、隠密系のスキルなんて持ってない、只の人間だよ。聞くところによれば、四つも天賦スキルを持っているそうだが……どういうわけか三つは使えないし、残る一つも生存系のものだ」

「え、じゃああの姿を消したのは……?」

「スキルにらない技、としか説明がつかんだろう」


 悪魔の目をもってしても感知できない隠密の技。それがスキルではないのならば何なのか。そう口にしたいバラムが言葉を発するよりも先に、彼女はふふふと微笑ほほえみを浮かべて笑うのだった。


「だからかな。思いもよらない成長を遂げるあの人間を見てると、なぜだか楽しくなってしまうのだ。確かに今回の特訓は度が付くほどの高難易度だが……案外あんがい、すぐにこなしてしまうかもしれないぞ?」


 そう語るヴィネは、何処か楽し気だった。


「それじゃあ、我にも用事があるのでな。あまりルードをいじめるなよ、バラム」

「あ、うん。わかってるよヴィネちん」


 そう言って、ヴィネはダンジョンの奥深くへと姿を消していった。


 そうして一人残ったバラムは、昼間のダンジョンの明かりの下で、低国ヴィネを覆う巨大な天蓋てんがいを見上げてぽつりとつぶやいた。


「やっぱり、


 そんな不穏な言葉を残して、彼女もこの172層から姿を消してしまうのだった。

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