第16話 同衾する際はご注意を


 ダンジョンの中は、常に薄っすらとした明かりに包まれており、更には昼夜のサイクルまで存在する。


 おそらくは、これもヴィネたちが言っていた世界のルールの一つなのだろう。いうなれば、『ダンジョンには昼夜があり、またどの時間も明かりが無くても道がわかるぐらいには明るい。しかし、戦うとなれば見づらいので、明かりを用意しなければならない』なんてルールがあるのかもしれない。


 そんなうっすらと明るくて、うっすらと暗い空間から姿を現した獅子面に誘われて、ヴィネの前に座った。


 そういえば、半年も一緒に暮らしてるけどヴィネの素顔すがお見たことないんだよな、俺。だってこいつ、飯食う時も仮面してるし。


「どうした、ヴィネ」

「いやなに、大変そうだなと思っただけだよ」

「あー、まあな」


 ちらりと平屋の奥を見る。気を使ってヴィネの寝床からできるだけ離れた場所に作った俺の寝床を占領せんりょうしている猫を見て、俺はあらめてあきれた溜息ためいきを大きくはき出した。


「ああ、そうそう。明日には次の特訓の準備が終わりそうだからよ、もうすぐ次の特訓が始められそうだぞ」

「まじか。それは楽しみだな」


 振り返ってみれば相当につらい特訓だったが、今となれば辛い記憶よりも、達成した喜びの方がまさる思い出となってしまっている。


 そして、無理だと思っていた隠密訓練の達成は、俺に相当の自信を付けてくれたようで、今では特訓と聞いてワクワクすらしてしまっている。


「そして、だ。早ければ明日には始められそうだからな。今日はしっかりと眠った方がいい」

「そうだな。いい報せが聞けて良く眠れそうだ。じゃ、俺は寝床でも新しく作って――」

「おい、待て。そういう意味じゃない」


 特訓の開始を予告するしらせに心躍こころおどらせて眠る準備をしようとしたところで、俺の服のすそつかまれる。


 掴んだ手は小さかったが、それでも万力をのような恐ろしい怪力に転ばされて、俺の体はヴィネの前に横たわった。


 そして気づくのだ。ここがヴィネの寝床であったことに。


「走り込みをして疲れているのだろう? ならばここで寝ていくといい。幸い、我の体は小さいからな。ルードと寝ても十分な広さになるはずだ」

「え、いや……え?」

「我も眠いからさっさと寝るぞ」


 そう言って、ヴィネは俺の存在によって少し狭くなった寝床に自分の体が収まる様に、体を寄せて眠りについた。


「ちょ、いや、ヴィネ!? そ、それはどうかと思うぞ!?」

「うるさい……ぐぅ……」

「寝てるぅ!?」


 入眠タイム1.26秒。なんというRTAか。いや、しかしこの状況――悪魔とはいえ、男女で同じ寝床を使うのはどうかと思うだが!? ほら、倫理的にってか道徳的にさ!


「……むぅ」

「痛っ!?」

「いかぁ……のあたまははっぽん……」

「いったい何の夢を見てらっしゃるん!? いや、にしても抱きしめるのやめて! 俺のあばらが! 肋骨ろっこつが! 折れる折れる折れる折れる!!!」


 ミシミシと悲鳴を上げる俺の体。しかし眠れる獅子はそんなこと意に介さず、夢見心地で俺の体を抱きしめる。


 痛い! 痛すぎて眠れない!


 しかし、俺の意識が途切れる時は訪れた。


『スキル〈重傷止まり〉が発動しました』


 スキル発動のアナウンスを耳にしたその瞬間、首を締めあげられたこともあってか、俺の意識は闇へと沈んでいくのだった――


 


 そして翌日。


「おーい。起きろルード。特訓の準備が終わったから、さっそく始めるぞー」

「ヴィネちんヴィネちん。この男、昨晩さくばんヴィネちんに精も根もしぼり取られて力尽きてまっせ。ほら、言うじゃないこういう時、眠れる王子さまはお姫様のキスで目が覚めるって」

「それ逆じゃなかったか? それに、我はルードと同じ寝床で眠っただけだ。やましいことはしていないし、ルードはそんなことしない」

「あらら、信用されてら」


 少し恥ずかしそうに目を背けるヴィネと、そんな彼女を揶揄うバラムの声に起こされてみれば、真昼間となっていた。


 ほんと、起き掛けの薬効団子は体にしみるよ。

 ちなみに、ヴィネが寝言交じりにくっついてきたあばらと右腕の骨が全部砕けていた。

 そんなこともあって俺は、これからは予備の寝床と、予備の予備の寝床も作っておくと決心するのだった――

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