第15話 新たな同居人と新たな苦労


「通常スキルを手に入れれない、ねー……」


 バラムが俺たちの家に来てから一日が経った。変わったことといえば、家に住む住人が一人増えたことぐらいか。


「すごい! すごいよヴィネちん! ゴミが全自動で片付けられてく!!」

「そりゃ俺が片付けてるからだ阿保!」


 いや、それだけじゃない。家での俺の仕事が大幅に増えたことも追加だ。


 俺たちが使っているこのビルの根本――平屋ひらやとなってしまったかつてのビルの一階層目に住み始めてから半年。片付けのできないヴィネに代わって、俺が掃除や洗濯などの家事をすることになるのは、あまりにも自然な流れだった。


 そして、どういうわけか新たに増えた人間が一人――いや、悪魔が一匹。それがこの、赤髪の悪魔バラムである。初対面で人の腹に何の容赦ようしゃもなく蹴りを入れてきたこの女だが、そんなことよりも、彼女が居候いそうろうとしてここに居座いすわ態度たいどの方が、俺の堪忍袋かんにんぶくろ刺激しげきしているのだ。


 まず、基本的にだらしない。昨日から一日ったが、彼女が起き上がっているところを見る方が少なく、横になって寝っ転がっている。


 そしてゴミに無頓着むとんちゃく。彼女がどこからともなく取り出した骨付き肉を食べ終われば、食べ残しとなった骨をそこら辺に投げ捨てるのだ。


 まじで、毎日に掃除をしている俺の身にもなってほしいものだ。


 そして極めつけには、俺が掃除用魔具か何かと勘違いしている始末である。


 まったく、こいつを生ごみとして外に放り捨てたいところだ。ところだが――


「悪いなルード。手間を掛けさせる」

「いや、いいよ。安全地帯セーフルームを使わせてもらってる手前、掃除ぐらいはやっておくさ」


 こいつはヴィネの友人で、ヴィネが居なければ172層の魔物たちに殺されてたであろう俺は、大人しくき掃除にいそしむしかなかった。


 そうだそうだ。寝てるだけなら無害だし、ごみを投げ捨てはするがそれだけだ。ソロモンバイブルズのあのろくでなしに比べれば、まだまだ――


 なんて、思っていた時期が俺にもあった。



 ◆◇



 隠密の特訓が終わってから数日。まだまだ準備が必要だと言われた俺は、盛大せいだいひまを持て余して、潜水訓練がてらに釣りに来ていた。


 ちなみに、持ってきた釣り竿はヴィネの平屋に転がっていたガラクタの一つだ。見たこともない素材でできた長竿に、指のような太さの針と釣り糸が付いた逸品である。いったい、これで何を釣ろうというのか。


 それと、エサは道中に生えていたキノコを選択。ここは地底だが、ミミズなんて都合のいいものがすぐに見つかるわけなかったのだ。


 そんなわけでさっそく一投目。何か釣果ちょうかを期待したわけではないのだが――


「お、軽い手ごたえ」


 自分の力でもなんとか引き上げれそうな手ごたえに安心を覚えて、魚を釣り上げる俺。


 前に潜水訓練中に見た、何十メートルという巨体の魚を思い出しながら、遠くに見えるうきを竿で引っ張れば、食いついた魚のご尊顔そんがんが――


「いただき!」

「ちょ、はぁ!?」

「ふふふっ、油断したなルードちんよ……この魚は私、怪盗バラムが頂いた!」

「ふっざけんなよおい!」


 と、俺の釣果ちょうかを横からかすめ取ってきたり――


「ねぇ~え~~~。もっとおいしいもの無いのルードちん?」

「それ魚のえさなんだけど。ってかさっきのお前がとってった分の魚返せよ」

「いや! あれはルードちんが釣り上げる前に私がとったから、私が取った魚だよ! よって、ったわけではないのだ!」

「へーへー」


 俺の用意した魚のえさをつまみながら、変な屁理屈へりくつでこねて先ほどの盗みを正当化したりとやりたい放題だ。


 挙句の果てには――



 ◆◇



「……それ、俺の寝床なんだけど」

「スー……スー……」


 寝る前に軽く走り込みをして帰ってきてみれば、猫ねこ(実際は閉じた目だが)を付けた猫みたいなこの女に寝床を占領せんりょうされていたのである。


「気持ちよく寝てるのが腹立たしい……」


 俺よりも高い背丈を存分に発揮し、すらりと伸びた足を寝床からはみ出させながら寝るバラム。そこに、俺が寝ることのできるスペースなんてなかった。


「あー……どうしよ。今から新しいの用意するか? ってか、前の掃除で相当片しちゃったから寝床に使える布残ってたっけ?」


 既にバラムをどうこうすることをあきらめた俺は、今更新しい寝床を用意することに辟易へきえきとしながら倉庫の方へと向かうのだった――


「おい、ルードこっち来い」

「ん?」


 そんなおり、うっすらとした闇の中から、獅子面の強面こわもてだけをのぞかせるヴィネから声がかかるのだった。


 軽くホラーだよこれ。

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