第10話 がむしゃら+しゃにむに=半年
「……」
深呼吸をする。心の中に薄っすらと浮かぶ恐怖を飲み込んで、あとちょっとと一歩を踏み出す。
その先にある背中に触れるために手を伸ばして――
「タッチ」
―uga!?
息を殺して魔物へと近づいた俺は、気づかれることなくその背中に触れた。
しかし、触れてしまっては気付かれて当然だ。むしろ、ここまで息を殺してきた努力を無駄にする行為でしかない。
それでも、彼女は言ったのだ。
『そこら辺の魔物に気づかれずに近づいて触って帰ってくる』
きっと、この特訓で一番大切なのは気づかれずに近づくことじゃなくて……その先。相手に気づかれた状態から、
息を潜めて気づかれないようになるのに二か月。その状態を保って移動できるようになるのに更に二か月。そして、相手に気づかれてから姿をくらます技術を身に着けるのに、再び二か月の歳月がかかった。
しかし、かかったということは――
―ugau?
既に、身に着けているということだ。
鎧武者の鎧のように筋肉を
そんな魔物が、俺の姿を見失った。まだ、すぐそこに――手を伸ばせば届く距離に居るというのに。
気づかれた瞬間に、俺は足音を消すとともに気配を消した。そして、手に持っていた石ころを遠くへと投げて魔物が意識をそちらへと向けたその瞬間、すぐさま魔物の背後に回ったのだ。
ただそれだけ。だけど、ソレで十分。奴が俺から目を離した
そして、魔物に近づいた時と同じように息を殺して、遠くで特訓の成果を眺めていたヴィネの元へと帰るのだった。
「完璧だな、お前の身代わりは」
「気さえ逸らせれば、多分人抱えててもいけるんじゃないな? どっちにせよ、言われたことはこなしたぜ!」
「ああ、そうだな。……よし、じゃあひとっ走りするか」
「おうよ!」
そして始まるのは、訓練開始から毎日繰り返される基礎訓練の一つ、『追いかけっこ』
内容は簡単。ただ、172層をヴィネを追いかけて走り回るだけ。しかし、追いかけっこというからには追う側が存在して、そして残念なことに、これは俺がヴィネを追いかける遊びではない。
―uga!
―gyas!
―uagagaga!
これは、俺たち二人を追いかける魔物から逃げる遊びなのだ。
深層の魔物ともなれば、その移動速度は雷鳴の
ただ、この半年の間に何度も追い抜かれて死にかけた俺の逃げ足も負けてはいなかった。
叩き潰されて四か月が経つ頃には、早々に足を掴まれなくなったのだ。足が速くなったのか、それとも魔物たちの攻撃を避けるのが上手くなったの――とにもかくにもそれから二か月が経ち、その技術には磨きがかかった。
今となっては、前を走るヴィネを追い抜いてしまうこともしばしば。
「速くなったな!」
「そりゃもう、毎日死に物狂いで走りこんでたからな!」
いやほんと、『瀕死止まり』を何回発動したことか。発動しすぎて修練レベルが溜まったのか、いつのまにか『瀕死止まり』が『重傷止まり』に進化してたしよ!
ふざけんなよ! 死なないからって、無茶苦茶なトレーニングメニューを組みやがってよ!
そして、この『追いかけっこ』だけで基礎訓練は終わらない。
172層の外れに存在する
深すぎて底の見えない真っ暗な湖の中に、着の身着のまま文字通り放り込まれることになるのだ。それも、うようよと水中特有の魔物が生態系を作っている中に、だ。
それが終われば、今度は
そうしてビルの屋上までたどり着いたら、今度は跳躍訓練。ビルとビルの合間――数メートルのビル間を飛んで、家まで帰るのである。159層――距離にしておよそ千メートルもの高さを落ちて辛うじて生きている手前、数十メートルの高さも何のその。なんなら、他の基礎訓練の中で一番簡単だったまである内容だった。
そうしてこうして訓練を終えて、やっと俺は食事にありつけるのだ。そして体力が回復したら、もう一回。
低国ヴィネ最深部にて行われる、訓練という名のトライアスロンに身を投じる。そんなことを繰り返した半年間。
「最初に出した課題も終わったみたいだし……次のステップに行くか!」
俺の特訓は、次のステージに歩を進めた。
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