第11話 振り返ってみて初めて長かったと感じたり


 172層の魔物相手に気づかれずに近づき、触れて自らの存在を明かしたうえで、再度身を隠すという特訓をこなした俺は、次なる特訓へと身を投じる――とは、ならなかった。残念なことにな。


『――と言ってもここまで早く特訓を終えるとは思ってなかったのでな。少し準備をするから待っててくれ』


 とのこと。

 どうやら、半年で特訓が終わるのはヴィネにとって予想外であったらしく、次の特訓にまで時間が欲しいらしい。


 そんなわけで、特訓の無くなった俺には少しだけ暇な時間ができた。


「ふぅー……掃除完了だな」


 そんないとまを使って俺がやったことといえば、俺とヴィネの住居となっているビルの残骸ざんがいの掃除だ。


 片付けが苦手らしいヴィネに代わって、あれやこれやと俺がガラクタを整理して、拭き掃除やら掃き掃除やらをした。


 生憎と、無能として雑用ばかりやらされていた俺の掃除技術はパーティ1だ。なか廃墟はいきょと化したヴィネの寝床だろうと、あっという間にピカピカの新品同様の仕上がりにして見せるぜ!


 なんて、意気込んでみたはいいものの――


「しっかし、いったんまとめたとはいえ、結構貴重品なんじゃないか、これ」


 ダンジョンの魔物は金になる。深部に行けば行くほどにダンジョンの核が放つ瘴気が濃くなり、それによって魔物が強化されるのだが――強力な魔物程、貴重な生薬や武器防具、或いは建材や魔法道具の材料になるのだ。


 そのため、ここいらに腐るほどある、半ば生ごみと化した骨や鱗も、下手をすれば地上じゃ億万の価値を持つ金へと姿を変えるかもしれない。

 なぜなら、ここは最高難易度ダンジョン『低国ヴィネ』の172層なのだ。ここまで深いダンジョンは世界に存在せず(人類が知らないだけの可能性も高いが)、そんな深部の魔物産の素材となれば、価値も計り知れないこととなる。


 そんなゴミとも金とも見分けのつかないものを集めていれば、部屋の一角にはこんもりとしたガラクタの山が出来上がってしまったのだ。


 ここに住むと覚悟を決めたが、やはり地上の未練は捨てきれていない証拠だな、これは。


「……ちょっと基礎訓練でもして、頭を冷やすか」


 掃除も早々に終わらせた俺は、一人で安全地帯セーフルームを飛び出した。


 というのも、基礎訓練に慣れてきて、走っているだけなら捕まらなくなってから、ヴィネ直々に外出を許してくれたのだ。


 そうして走ること一か月。訓練の時とは違い、この172層をぐるぐると自由に駆け回ってわかったことがいくつかある。


 まずは、この172層の都市についてだ。


 多層構造のダンジョンでは珍しいドーム型(ダンジョンの内部にドーム状の巨大な広間あるタイプ)のダンジョンであり、どうやら150層あたりからは、この街に立ち並ぶビルを伝って中心部を目指す構造となっているらしい。


 そのため、ダンジョン内部はドームの外壁に近づくほどに、ビルの背丈せたけが高くなっていき、それらビルからおがむことができる中心部に近づくにつれて、段階的に背丈と階層が低くなっていくようだ。


 余談だが、俺はまだ中心部には近づいたことはない。ヴィネに言われて近づかないようにしているのだ。


 まあ、俺もここまで中心部に行けとお膳立ぜんだてされた構造を前にして、中心部に行こうなどとは思ってないけどな。だって、ここが深層というのならば、ダンジョンの最深部はそう遠くない場所に在るはずだ。そして、ダンジョンの最深部となれば、ダンジョンの核――つまり、多くの凶悪な魔物を生み出す瘴気の根源である“ボス”がいるのだ。


 だから、命の惜しい俺は決して近づかない。


 まあ、どんなボスがこのダンジョンを支えているのかはとても気になるけどな。


 ああ、そういえば気になるといえば、俺にスキルについても気になっている。


 あの時――俺が13層の崖から突き落とされたとき、或いは俺が172層の床に叩きつけられてぐちゃぐちゃになった時、俺は初めて自分のスキルを手に入れた。


 神からの恩恵とも、世界からのギフトとも言われる『スキル』だが、俺のスキルは殊更ことさら謎に包まれている。


●〈スキル開示〉

・名:ルード・ヴィヒテン・S

・保有ジョブ

 〈■■■■■■〉

・保有スキル

 ―〈重傷止まり〉

 ―〈不明〉

 ―〈不明〉

 ―〈不明〉


 半年ぶりに見てみたが、相変わらずの不明っぷりだ。

 確か、以前のジョブは〈不明者unknown〉だったか? そこも変わってるし、〈瀕死止まり〉から進化した〈重傷止まり〉を除けばいまだ不明なままだ。


 生まれ持った天賦てんぷスキルとはいえ、発動条件も効果も名前も全くな“不明”に満ちたスキル欄こそが、俺の無能の証明。


 ただ、ソロモンバイブルズに所属していた時とは違うことが一つある。それは、この〈重傷止まり〉の存在だ。


 実は不明と書かれているだけで何にもないんじゃないか? なんて思った時期もあったが、〈重傷止まり〉――もとい〈瀕死止まり〉のおかげで、何らかの条件を満たしていないせいで、スキルを使うことができないとわかったのだ。


 となれば、その満たせていない条件とやらを満たせば、俺のスキルは順次解放されていくこととなるのだろう。


 楽しみだ。楽しみだが――どうして俺の天賦スキルは、そんなめんどくさい仕様なのだろうか?


 それに――


「普通のスキルも覚えられてないんだよなー」


 生まれながらに獲得している天賦スキルとは異なる、スキル。差別化のために『通常スキル』とも言われるそれは、鍛錬や勉強で習得できるスキルのことを指している。


 例えば、誰にも負けないほど早く走ろうと、毎日血のにじむような走り込みをしていれば(そこまでしなくてもいいが)〈走行〉なるスキルを獲得できる。


 そして、スキルを獲得すれば、その行動に対するボーナス。つまり、〈走行〉ならばより早く走れるようになるのだ。そして、そのスキルを使えば使うほど、スキルは進化する――俺の〈瀕死止まり〉が、〈重傷止まり〉になったようにな(これは進化なのかはうたがわしいが)。


 ただ、この半年。


 隠密に追いかけっこに潜水、登攀とうはん跳躍ちょうやくと、基礎訓練で様々なものを鍛えて来たはずなのに、俺はそういった通常スキルを一切獲得できていない。


 まあ、才能がないんだろうけどさ。ただ、ここまで獲得できていないのだから、何か理由がありそうなものだけど――


「いや、いいか。また今度ヴィネに相談すれば」


 考えるのもここまでに。軽くひとっ走りしていれば、目印の折れて繋がったビルをくぐって折り返して、いつの間にか家へと戻ってきてしまっていた。


 だから、疑問に思いを馳せるのはここまでにして、居ないヴィネさんの代わりに晩御飯でも作りましょうかね。


 そう思って、俺がひょっこりと拠点の中を見た時だった――


「……誰?」


 そこには、知らない女が居た。

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