第7話 熱暴走と超特急


「確かにごちゃごちゃしちゃぁいるが……まあ、概ね綺麗なもんだと思うけどな」

「見るなぁ……語るなぁ……」

「ご丁寧に耳まで塞いで聞いちゃいねぇのかよ」


 はてさて、そんなわけでしばらく深層を歩いていけば、ほどなくして(道中で多少なりとの騒動はあったが)ヴィネの住処と思われる場所へとたどり着いた。


 なお、ここまでの道のりで行われた戦闘のほとんどを、彼女はただの一撃で終わらせている。一撃で相手の攻撃を叩き伏せ、一撃で敵との力量差をわからせて、一撃で戦いを終わらせ続けていた。


 その姿はまさにハンティングを生業なりわいとする狩人といったところか。食料にするわけでもない殺しをせず、できる限り戦闘を回避するその行動は、野生に息づく孤高の獣のように俺の目には映った。


 ただし、そんな『かっこいい』姿はどこへやら。どうやら相当に自室が散らかっているのを見られるのが恥ずかしいらしいヴィネは、お面を被っててもわかるぐらいに赤面して(離れているのに熱が伝わってくる。なぜだ)おり、しかも感想すらも聞きたくないと両耳を塞いだ、完全防御態勢だ。


 本当にこんな女の子が、さっきまで魔物を追い返していた人間と同一人物なのか……? 俺はいぶかしんだ。


 まあ、そんなことはいておくとして。


「なあ、ヴィネ。ここの安全地帯セーフルームはどれくらい広いんだ?」


 たどり着いたヴィネの住処は、巨大な建物一棟を利用した場所の一階だ。ただ、一階よりも高い階層は無く、経年劣化か、はたまた改築か、ビルのように高い塔は根元からへし折れて、奥の方へと倒れて瓦礫がれきとなってしまっていた。


 そんなビルの根本の家は、確かに散らかっている。よくわからない品々にあふれかえり、一見すればゴミ――いや、二度見したところでゴミとしか思えないような骨だって散らばっている。


 おそらくは、彼女のご飯になった魔物の名残なのだろう。


 ただ、そんな彼女の住処を侵略するつもりもないし、安全地帯セーフルームの範囲が広いなら、この建物の外に拠点を作ろうと俺は考えていた。


安全地帯セーフルームの広さか。あー……多分、こっから見えるところまでなら大丈夫だとおもう」

「歯切れの悪い回答だな」

「あんまり把握してないんだよ」


 羞恥心に収まりが付いたのか、ようやく受け答えができるようになったヴィネは、何ともあいまいな回答で安全地帯セーフルームの距離を教えてくれた。


 広すぎて把握しきれてないってことか?


「ああ、でも。別に外に泊まらなくていいぞ」

「え?」

「あっちの倉庫に布類があるから、それもって勝手に自分の寝床を作ってくれればいい」

「いいのかよ」

「自分よりも弱い男に貞操ていそうの危機を感じられるか?」

「そりゃそうだな」


 俺が聞いたのは、勝手にヴィネが備蓄していたであろうアイテムを使っていいのか、という話だったが、どうやら彼女は同じ屋内に寝床を作ってもいいかと捉えたらしい。


 いやはや、まったくもって耳に痛い話だ。別に襲うつもりはなかったけど、弱いとはっきりと言われてしまっては少しむかっ腹が立つ。


 まあ、何かができるわけじゃないけどさ。


「ああ、そうだ。ルード」

「なんだ、ヴィネ」

「さっきの話。主の面倒を見てやるといったな」

「言ってたな。助けてくださいと懇願こんがんする俺が涙や鼻水を地面にまき散らしながらあまりにも華麗かれいな土下座を決めてくつめ始めたあたりで了承してくれたはずだ」

「……そうだったか?」

「ちょっとした冗談だよ」


 俺がどうやってヴィネの口から、面倒を見てあげるという言葉を引き出したかはともかくとして。なにやら話がある様子。


 なんだろうと冗談を交えて応えてみたが、まあ失敗に終わったな。


 さて、本題はなにかな?


「ああ、話がそれるところだった。それで本題だが……我にとっての面倒とは、一人立ちのことを指している。そもそも、誰かに面倒を見てもらわなければ生きていけない人間の面倒を見続ける程、我は甲斐性がないからな」

「……つまり?」

「寝床は提供してやる。食料も水もくれてやる。ただし、それもずっとじゃない。いつかは――いや、すぐにでもここから出て、魔物をほふりながら地上を目指せるような力を身に着けてもらうぞ」

「えぇ!?」

「まあ、その傷がえるまでは待ってやる。ただ、それが癒えたら特訓の始まりだ!」


 どうやら、ヴィネが直々に鍛えてくれるらしい。


 ああ、でも――


「……望むところだぜ」


 もし、強くなれるなら。

 何も持たないからこそ無能と言われた俺が、何かを持てるなら。

 そして、13層で俺を見放して、崖へと突き落としたあいつらを見返せるのなら。

 その話は、願ってもない申し出だ。

 

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