第5話 英雄とは


 ソロモンバイブルズが13層に安全地帯セーフルームを築いたという話は、瞬く間に世界全土へと伝わった。


 帰還後の報告から始まり、第二次13層探検隊が派遣されたことによって証明された安全地帯セーフルームの話は、ソロモンバイブルズという冒険者パーティーを超一流から超々一流へと叩き上げたのだ。


 それこそ、並ぶものなしと言われる冒険者の頂きへと。


「いや~、困っちゃうわほんと。毎日毎日、花束花束。私、一人の男に尽くすほどの器の女だと思われているようなのよ」

「そうか」

「私のような天才が、人の器に収まるものですか。それこそ、私が恋人にするなら、私を超えるような――そうね、神様でもなければ私の恋人失格よ」

「そうだね」


 そんなソロモンバイブルズに所属する時の人が二人、流砂の国アビルの酒場にて談笑していた。いや、談笑しているつもりなのは片方だけなのだろうが。


「それでね、それでね――」

「ゲルさん、コルウェットさん。少しよろしいでしょうか?」

「――なぁに? マリア」


 机に着くのは少年と少女が二人ずつ。それは他でもない、“自称”天才魔法少女ことコルウェットとゲルアーニだった。


 面倒くさそうに、しかして自慢げにプロポーズに百個の花束を贈られた話や、自分を取り合って刃傷沙汰になった話をつらつらと語るコルウェット。しかし、その話はとある女性の介入によって止められてしまう。


 その女性の名はマリア。冒険者ギルドの受付嬢を務める人間だ。


「あの、ルードさんの死亡届についてなんですけど……」


 どうやら、ルードの死亡届に何か問題があったらしい。ただ、今更捨てて来たルードのことを考えるのが嫌なコルウェットは、誰にも聞こえないぐらい小さく舌打ちをしてから、行儀よくマリアへと向き直った。


「何かあったの?」

「いえ、死因が曖昧ですのでもう少し詳細な話をお聞かせ願えればと。一応、冒険者の死因は今後の攻略の足掛かりとなりますので、ご協力お願いします」

「はぁー……そうね。といっても、語れることなどあまりないのだけれど」


 語れることはあまりない。当たり前だ。なにせ、彼らルードを殺したのだから。かたれることはいくらでもあるだろうが、語れる真実はそう多くないだろう。


 そしてもちろん、彼らは口裏を合わせている。


 今人気絶頂の冒険者パーティーが、邪魔者を排除したなどと知れ渡ってしまえば、どれほどの傷がその名前につくのかわかったものではないからだ。


 そのために、のだし。


「報告書にしたためた通りよ。精神作用型の魔法を使う魔獣が現れて、錯乱したルードがどこかに行ってしまったの。それ以上もなければそれ以下もない話。もちろん私たちは彼を制したし、彼の後を追いかけたわ。でも、ダンジョン内で行方不明になった人間を探す行為が、どれほど危険なことかを知らないあなたではないでしょう?」

「精神作用型の魔法を扱う魔獣というと……報告にあった、一角獣のことでしょうか?」

「ええ、そうよ。らしくてね。まあ、彼は後方での作業だから、私たちの歩みに一足遅れていたのかもしれないわね」

「なるほど……わかりました。それでは、そのように報告させていただきますね」


 コルウェットから話をいたマリアは、メモを取った後に酒場の隣にあるギルドへと向かっていった。その背中を見送って、コルウェットは面倒ごとが終わったと一息ついた。


「まったく、雑魚が死んだだけなんだから、そんなに詳しく調べる必要もないでしょうに」

「仕事熱心な人だとほめてあげるべきだよ」

「だとしても、よ。それにしても、ゲルってそういうキャラだったっけ?」

「僕は僕のままだよ、コルウェット。コルウェットとこそ、男をたくさんひっかけて遊ぶような人間だったっけ?」

「いい寄ってくるなら応えるべきよ。それが大人の女ってものでしょ?」


 余談だが、二人はともに18を迎えたばかりの年齢だ。大人というかは、まあ当人の感覚によるのだろうが。

 どちらにせよ、過ぎた身分は人間を変えてしまうらしい。


「さて、じゃあそろそろ集合の時間だからギルドハウスに向かうとしようか」

「といっても、しばらくは安全地帯セーフルームの整備でしょ? 次に14層を目指すのは……」

「早くても一か月後かな?」

「あーあー、退屈ー」


 同い年ということもあってつるんで食事をすることも多い二人は、約束の時間だと酒場の席を立ってギルドハウスへと向かう。


 その後ろを付ける人間がいることも知らずに――


「……本当に、ルードさんは死んでしまったのでしょうか」


 一人の受付嬢の疑惑も知らずに。

 

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