第4話 出会い頭に空手割り


「何者だ?」


 獅子面の少女と目が合った。

 そして、俺は地面に倒れ伏していた。

 彼女が放った手刀を正面から受けて、その場に倒れ伏したのだ。


『スキル「瀕死止まり」が発動しました』


 どうやら俺はその一撃で死んでいたらしい。いや、出会い頭に空手割りで人殺すとか、何モンだよこの女!?


「死んでない、だと?」

「殺す気か!」

「いや、殺す気で打ったんだけど……」

「おかげで死にかけたわ!」


 どうやらこの女、本当に殺すつもりで攻撃してきたらしい。なんという無礼極まりない人間だ。飲兵衛でも、こうも気が早い人間はいないぞおい。


「わ、悪かった……悪魔の類かと思ったのだ」

「悪魔はお前の方じゃねぇの?」

「否定はせんし、否定はできないな」


 どうやら、俺はそういう魔物に間違えられて攻撃された様子。いやほんと、『瀕死止まり』がなきゃマジで死んでたし、洒落になってねぇぞほんと。


「あー……っと、一ついいか?」

「なんだ?」

「主はどうしてここにいる? はっきり言って、ここは只の人間が来れるような場所ではないはずなのだが」


 獅子面の少女のもっともな問いに、俺は少し頭を抱えた。事故で(崖から落ちたのはまあ事故としておくとして)崖から落ちて、スキルで辛うじて死なずに済んだ、と。正直に話すのもいいのだが、それよりも俺は彼女の素性を聞くことを優先した。


「素性を聞くなら、自分から話すのが礼儀じゃないのか?」

「むぅ……そ、そうだな。わかった。先の非礼のこともあるし、我の方から名乗らせてもらおうか。我の名はヴィネ。訳あってここに住み着く……人間だ」

「ヴィネ?」

「ああ、ヴィネだ。逆から読んでもいいぞ? ネイヴって音も、我としてはそれなりに気にっているからな」

「いや、流石に名前を逆から読みはしないが……ヴィネか……」


 ヴィネ。それは、ソロモンバイブルズが潜り込み、そして俺の墓場候補地となる巨大ダンジョンの低国ヴィネと同じ名だ。


 偶然、と思いたいが、偶然ではないのだろうな。


 低国ヴィネと、ヴィネと名乗る少女。いや、少女の方が偽名を使っているという可能性もあり得るか。


 まあ、彼女の態度からは、あの胡散臭い男のような胡散臭さも、あの悪辣な女の悪辣さも感じられない。

 俺に対して礼儀を払おうと言うという、それなりの真摯しんしさを、俺は彼女から感じ取った。


 だから、彼女が例え偽名であったのだとしても、俺もまた真摯に応える。


「俺はルード・ヴィヒテン。上から落っこちてきて死にかけたけど、スキルで何とか生き残った人間だよ」

「なる程、生存系のスキルか。となると、さっきの我の攻撃も……」

「予想通り、スキルの効果で乗り切った。まあ、俺を殺そうとしても無駄だって事さえわかってくれればそれでいいよ」


 嘘だけど嘘じゃない。俺は俺の『瀕死止まり』がどれほどの効力を持つのかを知らないからこそ、俺はそのスキルをただ死なないスキルとして扱った言葉だ。


 これで、俺がすぐさま殺されるということは無くなった……はずだ。


「なあ、俺からも一ついいか?」

「なんだ」

「俺は地上に戻りたいんだけど、道を教えてくれないか?」

「いいが――いや、そうか。お前はんだったな。それならば戦闘力も関係ないか。いいぞ、ついてこい。下層から上層に上がる道ぐらいなら案内してやる」


 驚くほどすんなりと、彼女は俺の願い出を受けてくれた。拍子抜けするほど簡単に、話は進んだが――おそらく、道のりはそう簡単にはいかないのだろう。


 戦闘力、とヴィネがそういった時点で、俺は薄々とそのことに気づいていた。


 それでも、ヴィネの手を借りれば上層へと――13層まで行けずとも、20層程度までにたどり着ければ――いや、無理かも。


 あ、まてまてまて。一つ、肝心なことを聞き忘れてた。


「知ってたらでいいんだけど、ここって何層なんだ? 一応、下層なんだろ?」


 そうそう。ここが何層なのかを聞き忘れていた。確か、このダンジョンの最高到達階層は16層だったはずだ。


 一層を突破するのにも数日かかる場所があるとかないとか。とにかく、ここからどれほどの階層を登れば13層にたどり着けるのかは知っておいて損はないだろう。ゴールを知っているだけで、心持が変わってくるはずだしな。


 と、俺は思っていた。そんな俺が後悔をするのは数秒後のことだ。


「ここは172層。最下層一歩手前のダンジョン最深部だ」

「……は?」


 俺は頭を抱えた。


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