第3話 死にはしないが死にかけはする
スキル。
世界の根本に根差すルールであり、絶対の法則の一つ。
人は生まれてから持つ『
さて、そんなスキルだが――結局、なぜスキルなんてものが存在しているのかなんて、誰も理解していないわけなのだが、実際のところ、存在理由なんてどうでもいいのだろう。
ただ、俺は文句を言いたい。
詳細に言えば、突如として発現した『瀕死止まり』というスキルに対して、声を高らかに文句を付けたい。
「ど、う……して、瀕死止まり……なんだよ!」
今の今まで不明だった俺のスキルの一つが解放された。それがどういう意味を持つのかはさておくとして、この『瀕死止まり』というスキルは俺に窮地を脱する力を与えてくれたのだ。
●〈スキル開示〉
・『瀕死止まり』
効果:ある程度の怪我で死ななくなる。
そうだ。文字通り、このスキルは瀕死で止めてくれるスキルなのだ。ただし、問題は瀕死でしか止めてくれないし、回復もしてくれないことだろう。
「くっ……あと、ちょっと……」
低国のダンジョンを上から下に何層落ちたかもわからないが、とにかく俺は一命をとりとめた。しかしながら、落下の凄まじい衝撃に手足はバキバキに折れており、まともに動けた状態ではない。
辛うじて命がつながってる状態でとどめてくれるスキルのおかげだ。そして、俺はそのスキルのせいで今を苦しんでいるわけなのだが。
このままじゃ、失血死なり餓死なりで本当に死んでしまう。ただ、運はそれなりによかった。俺がコルウェットに蹴り飛ばされる直前に握っていた俺の荷物を、俺は最後まで握っていたらしく、すぐそばにカバンから零れ落ちたポーションが転がっていたのだ。
相当な高所から落下した衝撃でも耐えるポーション瓶は高級の証。伊達に世界最高レベルのパーティーに所属していなかった俺ではない。これは確か、骨折程度なら軽々と直してくれる代物だったはずだ。高い買い物だったけど、安月給を覚悟した支払いは無駄ではなかったらしい。
「と、届いた! がっ、ごほっ……」
折れた手を操ってポーションに手が届いた喜びに声を上げて、そのわずかな衝撃で喉を傷めて血を吐いた。瀕死で止めてくれるとはいえ、やはり無理はできないらしい。
早く、速くポーションを飲まなくては――
「――っ! ひゅー……何とかギリギリってところか?」
全快、には程遠いが、それでも歩ける程度には回復したはずだ。それでもまだ、骨は痛むし、立ち上がるのにも一苦労だが。
ただ、生きて歩けるだけで御の字だ。
「まずは、どれだけ落ちて来たのか……って言って、すぐに分かれば苦労もないんだけどな」
遥か上にあるのは構造物の群れ。十数メートルを超える建物たちに取り込まれて、俺は自分がどこに居るのかもわからない。
「とにかく……とにかく出口を――」
ここは13層よりも下の、最下層ではないだろうが、低国ヴィネの最深部だ。出口なんて、途方もない遠くにしかない。
「……ははっ、じゃあどうするんだよ」
どうしようもない希望に、俺の口は
まともなスキルを一つも持たない、天賦スキルを四つも持っていただけで勧誘されたただの無能だ。
じゃあ、どうしろと? 俺は生きたい。死にたくない。下を向いて生きてきて、こんな俺でも誰もが憧れるような素質があると信じて、俺はあのパーティに必死になってしがみ付いてきたんだ。
だってのに、ここが俺の最後なのかよ。
「俺に、ここで暮らせってのかよ」
さびれた太古の街の中で、俺がそう呟いたその時だった。
――Urrrrrrrrr
その声は、聞こえて来た。
魔物だ。低国の最深部に潜む、最悪の住人だ。
俺の体は走って逃げることができるほどに回復していない。
ああ、でも。
「ここで死ぬのも、悪くはないのかな?」
冒険者になるなんて息巻いて家を出た
思ってしまった。
ただ、それはその瞬間だけだった。
「うらぁあああああ!!!」
――Ugaaaaaaaaaaa!!
魔物が上げた心臓を掴むような咆哮と、それに負けず劣らずのどう猛さを持った声が上がる。
そして、ソレは間違いなく人間の声だった。
「に、人間……?」
ここは最高難易度ダンジョンの最深部。人間が踏み入れば、次の瞬間には骨と肉片に分解されててもおかしくない魔境。
だというのに、なぜ人が――
そんな好奇心を、俺は希望として見てしまった。だから、残る力を振り絞って、その声のある方へと走る。
痛いけど、走る。
人がいるから。人が居たから。ついさっき、人に裏切られたというのに、人を頼りたくなってしまって、俺は走る。
そして俺は、そこに居た少女を見た。
「……何者だ?」
獅子の仮面をかぶった、奇妙な少女と目があった。
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